メッセージ
題: 「あなたは死なない」
聖書の箇所 「士師記6章11~24節」(旧436頁)
※聖書:新改訳2017©2017 新日本聖書刊行会
教会では、天地を作られた神様を皆様にご紹介していますが、「神」と聞いて全ての人が歓迎する気持ちになる訳ではありません。これまでの人生で何の関わりも無かった存在が、いきなり「神」を名乗って人生に上がり込んでくると思えば、それは無理もないことでしょう。しかし、「神」に対して面と向かって文句を言うのも、少し恐ろしく思われます。実際、「神」に面と向かった時、私たちはどうなってしまうのでしょうか。
ギデオンは、「天地を造られた神」を知識として知っているだけの普通の人でした。そんなところにいきなり御使いが現れて「勇士として戦え」と言い出したので、彼は強く反発します。いくら自身を助ける為と言われたところで、「これまで守ってくれなかった癖に」、「私の事情など何も知らない癖に」、「そもそも本当にお前は神なのか?」と、様々な文句や疑いが彼にはありました。これまで助けられた覚えがなく、故に「神」の顔も知らなかったからです。この思いは、現代の私たちも共感できる感情ではないでしょうか。これまで神の助けなど借りず自力で生きてきたと思っていたのに、いきなり「私が神だ」と言われても困るでしょう。
しかし、実際のところ、神様はギデオンにも、私達にも、母親のお腹の中に居る時から関わっておられ、今日まで生き延びられるように、あらゆる人生の場面で介入してこられました。しかし、神様はそんなことを、恩着せがましく、また言い訳するように説明される方ではありません。その証拠に神様は、ギデオンにも真正面から向き合い、彼が文句を言い尽くして納得するまで、とことん付き合われたのです。
そもそも、私たちは何故文句を言うのでしょうか。理由は様々でしょうが、その多くは、根元までたどれば「関係を続けるつもりがあるから」だと思います。ギデオンが文句を言い尽くし、疑い尽くしたのも、心の底では神様との関係を続けるつもりだったからです。だから神様も、気が済んだ後、逆に自分の行いが恐ろしくなったギデオンに、「あなたは死なない」とはっきり言われ、御自分との「喧嘩」についての全てをお赦しになられました。例え文句を言い、疑い尽くしたのだとしても、それが御自分との関係の為に出ているのであるなら、神様はいつも「望むところである」と応答してくださいます。その過程で私たちが行う全ての罪も、既にご自分の御子を十字架にかけることで、清算してくださっているのです。
だからこそ私たちもまた、この神様と真正面から向き合うべきです。いつでも神様は、私たちの「全力」に応答してくださるからです。