H25.3.24 主日礼拝 (受難週)

*聖書のお話し(バイブル・メッセージ)
「題」 「十字架による救い」
聖書の箇所  ルカ 23 : 39~43」
 (日本聖書協会:口語訳聖書より引用)
23:39 十字架にかけられた犯罪人のひとりが、「あなたはキリストではないか。それなら、自分を救い、またわれわれも救ってみよ」と、イエスに悪口を言いつづけた。
23:40
もうひとりは、それをたしなめて言った、「おまえは同じ刑を受けていながら、神を恐れないのか。
23:41 お互は自分のやった事のむくいを受けているのだから、こうなったのは当然だ。しかし、このかたは何も悪いことをしたのではない」。
23:42
そして言った、「イエスよ、あなたが御国の権威をもっておいでになる時には、わたしを思い出してください」。
23:43
イエスは言われた、「よく言っておくが、あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう」。

 「されこうべ」と言われる場所に3本の十字架が立てられ、主の十字架を真中に左右に犯罪人がつけられた。(33)民衆、祭司長、兵士からだけでなく十字架上の強盗まで一緒になってイエスを罵った。「お前がメシヤ、キリストなら、自分を救い、われわれも救ってみよ」

 その時、十字架から大声で主が叫ばれた。 「父よ、彼らを赦してください。彼らは何をしているのかわからずにいるのです。」 強盗の一人が主を罵ることを止め、黙ってしまった。改めてイェスを見つめた。自分は罪深い、しかし、このお方は違う。罵り続ける仲間に「神を恐れないのか。お互いはこうなったのは当然だ。しかし、このかたは何も悪いことをしたのではない」と言い、

 さらに 「イエス様、あなたが御国に行かれたら、わたしのことを思い出してください」 と願った。その時、イエスは、はっきりと彼に言われた。 「よく言っておくが、あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう」(43) 「パラダイス」はもともとペルシヤ語で王宮の庭園のこと。高い塀で囲われ庶民にはわからないがさぞ美しい所。見ることは許されないが心の中に思い描く庭園。やがて神の国が来る時、そこに実現される神の国の理想世界、庭園がパラダイスと呼ばれるようになった。

 しかし、主が来られて神の国の福音を伝えられた時、パラダイスは失われた過去や死後現れる素晴らしい世界ではなく、今ここにある、主と共にある神の支配のパラダイスを語られた。 「きょう、わたしと一緒にパラダイスにいる」 あなたは、今この瞬間パラダイスにいる。死後を待たず「きょう」パラダイスにあるという真理を明らかにされた。死の間際、最早やり直しも良いわざも出来ないが、

ただ真摯な悔い改めと十字架の贖いを成し遂げられたイエスを信じる信仰により神の国が約束される福音がここに完成された。

彼らの目が開けて、それがイエスであることがわかった。 ルカ24:31
プログラム 時間 音声
前奏 0:32

賛美:天地(あめつち)こぞりて 0:45

交読13: 詩篇34篇 1:25

主の祈り 0:54

賛美21: 輝く日を仰ぐとき 4:30

聖書 ルカ23 : 39~43 0:52

賛美114:血潮したたる 3:51

説教:十字架による救い

10:05

10:04

10:00

10:04

13:54

賛美115: ああ主は誰がため 2:47

頌栄63: 父御子御霊の 1:40

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