R2.7.26 主日礼拝

「題」 「義とされる信仰」
聖書の箇所 「創世記15章1~6節 」
(日本聖書協会:口語訳聖書より引用)
15:1 これらの事の後、主の言葉が幻のうちにアブラムに臨んだ、
「アブラムよ恐れてはならない、
わたしはあなたの盾である。
あなたの受ける報いは、
はなはだ大きいであろう」。
15:2 アブラムは言った、「主なる神よ、わたしには子がなく、わたしの家を継ぐ者はダマスコのエリエゼルであるのに、あなたはわたしに何をくださろうとするのですか」。
15:3 アブラムはまた言った、「あなたはわたしに子を賜わらないので、わたしの家に生れたしもべが、あとつぎとなるでしょう」。
15:4 この時、主の言葉が彼に臨んだ、「この者はあなたのあとつぎとなるべきではありません。あなたの身から出る者があとつぎとなるべきです」。
15:5 そして主は彼を外に連れ出して言われた、「天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみなさい」。また彼に言われた、「あなたの子孫はあのようになるでしょう」。
15:6 アブラムは主を信じた。主はこれを彼の義と認められた。

1、神様との親しい語り合い
2節「アブラムは言った、『主なる神よ、わたしには子がなく、わたしの家を継ぐ者はダマスコのエリエゼルであるのに、あなたはわたしに何をくださろうとするのですか』」。
「恐れてはならない」と主から語られたアブラムは、自分の恐れを包み隠さず打ち明けて、主の報いを求めました。アブラムは主と親しい関係にありました。それでアブラムは主に心のうちを告白し、恐れを取り除いていただくことができました。

2、主を信じる
5~6節「そして主は彼を外に連れ出して言われた、『天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみなさい』。また彼に言われた、『あなたの子孫はあのようになるでしょう』。アブラムは主を信じた」。
「信じた」は「アーメン」と語源が同じです。「アーメン」は確かである、真実であるという意味です。主を信じるということは、主が確かなお方、真実なお方であると信じることです。アブラムは子孫が星のように数えられない存在となると語られた主
の御言葉を、真実であると受け入れたのです。

3、信仰を義と認められる
6節「主はこれを彼の義と認められた」。
「義」とは主との正しい関係にあることを意味します。アブラムの信仰告白は、主の真実によって、自分が真実な者とされると信じたことでもあります。それこそが、主に義と認められる信仰です。わたしたちもアブラムの信仰を受け継ぐことができます。主の十字架によるご真実を信じることで、神の子の関係をもつことができます。

R2.7.19 オープンチャーチ

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R2.7.12 主日礼拝

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R2.7.5 主日礼拝

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R2.6.28 主日礼拝

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