「題」 「イエス様の弟子の姿」
聖書の箇所 「マタイによる福音書10章2~4節 」
(日本聖書協会:口語訳聖書より引用)
10:2 十二使徒の名は、次のとおりである。まずペテロと呼ばれたシモンとその兄弟アンデレ、それからゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネ、
10:3 ピリポとバルトロマイ、トマスと取税人マタイ、アルパヨの子ヤコブとタダイ、
10:4 熱心党のシモンとイスカリオテのユダ。このユダはイエスを裏切った者である。
1、イエス様による選び
2節「十二使徒の名は、次のとおりである」。
多くの宗教は、弟子の方から師に近づくため修行を積むものではないでしょうか。イエス様は、反対に天から降られて人に近き、弟子たちを自らスカウトされました。弟子が師を選んだのではなく、師であるイエス様がわたしたちを選ばれました。イエス様は選ばれた者をどこまでも責任をもって愛し、導いてくださいます。
2、イエス様の弟子ペテロ
2節「まずペテロと呼ばれたシモンとその兄弟アンデレ、それからゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネ」
イエス様の弟子で最初に登場するペテロは、十二使徒の中でも年長でリーダー格の人物でした。「ペテロ」は「岩」という意味ですが、彼は「岩」のようなしっかりした者というより、失敗の多い人物でした。しかしイエス様はペテロを愛し、真のリーダーとして養い導かれました。
3、福音書の記者マタイ
3~4節「ピリポとバルトロマイ、トマスと取税人マタイ、アルパヨの子ヤコブとタダイ、熱心党のシモンとイスカリオテのユダ、このユダはイエスを裏切った者である」。
十字架の前夜、弟子たちはイエス様を見捨てて逃げ去りました。弟子たちは皆、弱くもろい存在でしかありませんでした。福音記者であるマタイは、かつて自分が社会的に忌み嫌われていた「取税人」であることを記しました。そして、自分がすぐれているからイエス様の弟子であるのでないこと、イエス様は自分のような者も弟子にしてくださる、愛に満ちあふれたお方であることを証ししました。