R1.10.20オープン・チャーチ

「題」 「イエス様は世の光」
聖書の箇所 「ヨハネによる福音書9章1~5節 」
(日本聖書協会:口語訳聖書より引用)
9:1 エスが道をとおっておられるとき、生れつきの盲人を見られた。
9:2 子たちはイエスに尋ねて言った、「先生、この人が生れつき盲人なのは、だれが罪を犯したためですか。本人ですか、それともその両親ですか」。
9:3 エスは答えられた、「本人が罪を犯したのでもなく、また、その両親が犯したのでもない。ただ神のみわざが、彼の上に現れるためである。
9:4 たしたちは、わたしをつかわされたかたのわざを、昼の間にしなければならない。夜が来る。すると、だれも働けなくなる。
9:5 たしは、この世にいる間は、世の光である」。

1、生まれつき見えない者

2節「弟子たちはイエスに尋ねて言った、『先生、この人が生れつき盲人なのは、だれが罪を犯したためですか。本人ですか、それともその両親ですか」。
弟子たちの「だれが罪を犯したためですか」という質問は、目に見える状況だけで、その人のことを判断しているという問題があります。表面上だけで人を判断するのは、神様の恵みが見えていないからです。弟子たちもわたしたちも、生れつき神様が見えていない罪人です。
2、神様のみわざが現れるため
3節「イエスは答えられた、『本人が罪を犯したのでもなく、また、その両親が犯したのでもない。ただ神のみわざが、彼の上に現れるためである」。
何か悪いことがあると、わたしたちは原因を追及するだけで、将来に目を向けることができなくなります。ところがイエス様は「神のみわざが、彼の上に現れるため」と、将来と希望を与えてくださいます。どうにもならないと思われるところにこそ、神様のみわざが現れます。
3、イエス様は世の光
5節「わたしは、この世にいる間は、世の光である」。
わたしたちは神様の愛が見えていないため、偽りを求める歩みをしているのではないでしょうか。イエス様は世の光となられ、神様の愛のみわざをわたしたちに見せてくださり、偽りから救い出してくださいます。わたしたちの心の目を開いてくださるイエス様を信じましょう。

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