R4.1.9 礼拝式

「題」 「神の国は近づいた
聖書の箇所 「マルコの福音書1章14~15節」(新約P.65)
※聖書:新改訳2017©2017 新日本聖書刊行会
14 ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤに行き、神の福音を宣べ伝えて言われた。
15 「時が満ち、神の国が近づいた。悔い改めて福音を信じなさい。」

1、時が満ちる
15 節「時が満ち、神の国が近づいた。」
イエス様が言われた時が満ちるとは、年月が満ちることとは違います。ふさわしい時期、機会が到来したという意味です。神の国、イエス様による救いは、何年か教会に通い続ける、長く祈り続けるという時間が積み重なれば実現するのではありません。そうしたことも大切ですが、あるきっかけで突然、その機会が訪れるものです。

2、神の国が近づいた
15 節「時が満ち、神の国が近づいた。」
神の国は私たちの側から近づいて行くのではなく、イエス様の側から近づいてくださり、実現するのです。私たちが行いを積み重ねることによって神の国が近づくのではあり
ません。私たちの側にどんなに困難があったとしても、神様の恵みにより困難を乗り越え、神の国が私たちに近づくのです。

3、悔い改めて福音を信じる
15 節「悔い改めて福音を信じなさい。」
悔い改めとは、人生の方向転換をするということです。それで多くの人は、悪い行いを悔い改めて良い行いをするという方向転換を試みます。しかし、聖書が語る悔い改めは、行動の転換ではありません。心の向きの転換です。自分で解決しようという思いから、神様が解決してくださることを信じて委ねる思いに心が変えられることが、悔い改めです。
心の向きを変えることも、自分の力ではできません。十字架による愛の力が私たちの心を解放し、神の国を実現するのです。

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