R3.4.25 オープンチャーチ礼拝式

「題」 「パンだけで生きるのではない
聖書の箇所 「ルカの福音書4章1~4節節(新約P.115)
※聖書:新改訳2017©2017 新日本聖書刊行会
1 さて、イエスは聖霊に満ちてヨルダンから 帰られた。
 そして御霊によって荒野に 導かれ、
2 四⼗日間、悪魔の試みを受けられた。
 その間イエスは何も食べず、その期間が終わると空腹を覚えられた。
3 そこで、悪魔はイエスに言った。
 「あなたが神の子なら、この石に、パンになるように命じなさい。」
4 イエスは悪魔に答えられた。
 「『人はパンだけで生きるのではない』と書いてある。」

1、悪魔の誘惑
3節「そこで、悪魔はイエスに言った。『あなたが神の子なら、この石に、パンになるように命じなさい。』」
わたしたちは、よく石をパンに変えたい、役に立たない石ころのような存在ではなく、役に立つパンになりたいという思いに駆られます。しかしバプテスマのヨハネは
「神はこれらの石ころからでも、アブラハムの子を起こすことができるのです」(3章8節)と語ります。土の器であるわたしたちを満たすことがおできになる神様を信じましょう。

2、パンだけで生きるのではない
4節「人はパンだけで生きるのではない。」
「パンだけで生きるのではない」とは、パンの必要は認めています。しかし人のいのちは、パン、物質だけでは決して満たされません。人にはパン以上に必要なものがあります。人を創造された神様だけが満たすことのできる、霊のいのちです。神様から離れてしまったわたしたちに霊のいのちを与えるため、イエス様は十字架にかかってくださいました。

3、みことばの力
4節「イエスは悪魔に答えられた。『「人はパンだけで生きるのではない。」と書いてある。』」
「と書いてある」とは、聖書のみことばであるということです。聖書のみことばには悪魔を退けるいのちの力があります。そして神様は聖書のみことばによって、わたしたちに霊のいのちを与えてくださいます。聖書のみことばは生きて働き、わたしたちを悪から解放し、十字架の救いを信じる信仰に導く力があります。

 

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