H31.2.3主日礼拝

「題」 「静まり、神様を知る」
聖書の箇所 「詩篇46篇1~11節 」
(日本聖書協会:口語訳聖書より引用)
聖歌隊の指揮者によって女の声のしらべにあわせてうたわせたコラの子の歌
46:1 神はわれらの避け所また力である。
悩める時のいと近き助けである。
46:2 このゆえに、たとい地は変り、
山は海の真中に移るとも、われらは恐れない。
46:3 たといその水は鳴りとどろき、あわだつとも、
そのさわぎによって山は震え動くとも、
われらは恐れない。〔セラ
46:4 一つの川がある。
その流れは神の都を喜ばせ、
いと高き者の聖なるすまいを喜ばせる。
46:5 神がその中におられるので、都はゆるがない。
神は朝はやく、これを助けられる。
46:6 もろもろの民は騒ぎたち、もろもろの国は揺れ動く、
神がその声を出されると地は溶ける。
46:7 万軍の主はわれらと共におられる、
ヤコブの神はわれらの避け所である。〔セラ
46:8 来て、主のみわざを見よ、
主は驚くべきことを地に行われた。
46:9 主は地のはてまでも戦いをやめさせ、
弓を折り、やりを断ち、戦車を火で焼かれる。
46:10 「静まって、わたしこそ神であることを知れ。
わたしはもろもろの国民のうちにあがめられ、
全地にあがめられる」。
46:11 万軍の主はわれらと共におられる、
ヤコブの神はわれらの避け所である。〔セラ

1、神様はいと近き助け
 1節「神はわれらの避け所また力である。悩める時のいと近き助けで
ある」。
「力」は要塞と訳することもできる言葉です。神様はわたしたちを最
前線で守ってくださるお方です。また「いと近き」は「見出される」と
いう意味もあります。神様はわたしたちが苦しみ、悩める時、絶妙なタ
イミングで、すぐそこに見出される避け所なのです。

2、神様はわたしの避け所
 7節「万軍の主はわれらと共におられる、ヤコブの神はわれらの避け
所である」。
「神はわれらの避け所」は、この7節も含めて3度も記されています。
弱いわたしたちは、悩みの中にある時、神様を見失ってしまうことがあ
ります。ですから「神はわれらの避け所」と何度も告白して、自分自身
に言い聞かせる必要があります。

3、静まって、神様を知る
 10 節「静まって、わたしこそ神であることを知れ。わたしはもろもろ
の国民のうちにあがめられ、全地にあがめられる」。
「静まって」は、直訳すると放棄するという意味です。「地が変り」「山
が海の真中に移る」「水が鳴りとどろき、あらだつ」「山が震え動く」そ
の一つだけでも、わたしたちはどうすることもできません。
その中で慌て騒ぎ立つわたしたちに「静まって、わたしこそ神である
ことを知れ」と語られます。危機のときこそ静まって、神様が避け所、
いと近き助けであることを信じ、伝える者となりましょう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください