H30.10.21オープン・チャーチ

「題」 「神様の大きい喜び
聖書の箇所 「ルカによる福音書15章4~7節
(日本聖書協会:口語訳聖書より引用)
15:4 「あなたがたのうちに、百匹の羊を持っている者がいたとする。その一匹がいなくなったら、九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を見つけるまでは捜し歩かないであろうか。
15:5 そして見つけたら、喜んでそれを自分の肩に乗せ、
15:6 家に帰ってきて友人や隣り人を呼び集め、『わたしと一緒に喜んでください。いなくなった羊を見つけましたから』と言うであろう。
15:7 よく聞きなさい。それと同じように、罪人がひとりでも悔い改めるなら、悔改めを必要としない九十九人の正しい人のためにもまさる大きいよろこびが、天にあるであろう。

1、失われた存在
4節「あなたがたのうちに、百匹の羊を持っている者がいたとする。その一匹がいなくなったら、九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を見つけるまでは捜し歩かないであろうか」。
「いなくなった」には、滅びつつあるという意味の単語が使われています。神様から離れた人間は、永遠の闇に引き込まれている状態にあるのです。そのまま放っておいたら大変なことになる緊急状態なのです。

2、捜し歩かれる神様
4節「いなくなった一匹を見つけるまでは捜し歩かないであろうか」。
多くの宗教は、人間が命の道を捜し出すものではないでしょうか。しかし聖書は、神様が失われた人間を捜し出されると記しています。闇の中にいる者が、どうして命の道を見つけ出すことができるでしょうか。やがて力尽きて探求の道をあきらめてしまう人がほとんどです。しかし、神様はわたしたちを見つけるまでは決してあきらめないお方です。

3、神様の喜び
7節「よく聞きなさい。それと同じように、罪人がひとりでも悔い改めるなら、悔改めを必要としない九十九人の正しい人のためにもまさる大きいよろこびが、天にあるであろう」。
神様があきらめない理由は、わたしたち誰一人として代わりのない、かけがえのない存在だからです。神様はそれほどまでにわたしたちを愛してくださり、どんな犠牲をも惜しまずわたしたちを捜し出され、わたしたちを見つけ出して喜んでくださいます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください