H29.11.12主日礼拝

*聖書のお話し(バイブル・メッセージ)
「題」 「思慮深い人」
聖書の箇所 「マタイによる福音書25章1~13節」 (日本聖書協会:口語訳聖書より引用)

25:1 そこで天国は、十人のおとめがそれぞれあかりを手にして、花婿を迎えに出て行くのに似ている。
25:2 その中の五人は思慮が浅く、五人は思慮深い者であった。
25:3 思慮の浅い者たちは、あかりは持っていたが、油を用意していなかった。
25:4 しかし、思慮深い者たちは、自分たちのあかりと一緒に、入れものの中に油を用意していた。
25:5 花婿の来るのがおくれたので、彼らはみな居眠りをして、寝てしまった。
25:6 夜中に、『さあ、花婿だ、迎えに出なさい』と呼ぶ声がした。
25:7 そのとき、おとめたちはみな起きて、それぞれあかりを整えた。
25:8 ところが、思慮の浅い女たちが、思慮深い女たちに言った、『あなたがたの油をわたしたちにわけてください。わたしたちのあかりが消えかかっていますから』。 25:9 すると、思慮深い女たちは答えて言った、『わたしたちとあなたがたとに足りるだけは、多分ないでしょう。店に行って、あなたがたの分をお買いになる方がよいでしょう』。
25:10 彼らが買いに出ているうちに、花婿が着いた。そこで、用意のできていた女たちは、花婿と一緒に婚宴のへやにはいり、そして戸がしめられた。
25:11 そのあとで、ほかのおとめたちもきて、『ご主人様、ご主人様、どうぞ、あけてください』と言った。
25:12 しかし彼は答えて、『はっきり言うが、わたしはあなたがたを知らない』と言った。
25:13 だから、目をさましていなさい。その日その時が、あなたがたにはわからないからである。

1、天国の意味
1節「そこで天国は、十人のおとめがそれぞれあかりを手にして、花婿を迎えに出て行くのに似ている」。
聖書が語る天国は、死後の世界のことではなく、天の神様の愛と祝福の中に生きることを現しています。このことが、花婿を迎えに出て行くことにたとえられています。
そのときを迎えるまで、不安や苦難のときもあるでしょう。しかし、不安も苦難もぬぐい取られる祝福が待っています。

2、神様を思う心
 4~5節「思慮深い者たちは、自分たちのあかりと一緒に、入れものの中に油を用意していた。花婿の来るのがおくれたので、彼らはみな居眠りをして、寝てしまった」。
思慮深い者たちも、居眠りをしてしまいます。人間の力は完全ではありません。ですから、弱さを補う準備が必要です。わたしたちに必要なのは、神様の約束の言葉の力です。

3、目を覚ましている
13節「だから、目をさましていなさい。その日その時が、あなたがたにはわからないからである」
目をさましていなさいとは、居眠りをしてはいけないということではありません。神様の約束を信じて、希望と祝福に目が開かれている状態でいることです。そうでなければ、偽りの希望や祝福に心を奪われて、正しい道からそれてしまうからです。
そうならないよう、真の祝福に目覚め待ち望む者となりましょう。

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