H28.10.30主日礼拝

*聖書のお話し(バイブル・メッセージ)
「題」 「世の汚れに染まず・異教の国で生きる」
聖書の箇所 「ダニエル1:8~16」 (日本聖書協会:口語訳聖書より引用)
1:1 ユダの王エホヤキムの治世の第三年にバビロンの王ネブカデネザルはエルサレムにきて、これを攻め囲んだ。
1:2 主はユダの王エホヤキムと、神の宮の器具の一部とを、彼の手にわたされたので、彼はこれをシナルの地の自分の神の宮に携えゆき、その器具を自分の神の蔵に納めた。
1:3 時に王は宦官の長アシペナズに、イスラエルの人々の中から、王の血統の者と、貴族たる者数人とを、連れて来るように命じた。
1:4 すなわち身に傷がなく、容姿が美しく、すべての知恵にさとく、知識があって、思慮深く、王の宮に仕えるに足る若者を連れてこさせ、これにカルデヤびとの文学と言語とを学ばせようとした。
1:5 そして王は王の食べる食物と、王の飲む酒の中から、日々の分を彼らに与えて、三年のあいだ彼らを養い育て、その後、彼らをして王の前に、はべらせようとした。
1:6 彼らのうちに、ユダの部族のダニエル、ハナニヤ、ミシャエル、アザリヤがあった。
1:7 宦官の長は彼らに名を与えて、ダニエルをベルテシャザルと名づけ、ハナニヤをシャデラクと名づけ、ミシャエルをメシャクと名づけ、アザリヤをアベデネゴと名づけた。
1:8 ダニエルは王の食物と、王の飲む酒とをもって、自分を汚すまいと、心に思い定めたので、自分を汚させることのないように、宦官の長に求めた。

ユダの王エホヤキムの時代、バビロン王ネブカデネザルがエルサレムを攻め神の宮から宝物を奪い、ユダの高貴な人々の中から有能な若者をバビロンに連れ帰りました。その中に、ダニエル、ハナニヤ、ミシャエル、アザリヤの4青年がいました。彼らは3年間、バビロンの官吏として、王の保護のもとでバビロン式の教育・訓練を受けるのです。そこで、彼らは神の民イスラエルであることを止め、バビロン人となって文化的・宗教的に同化することを求められたのです。彼らは、捕囚の異国で厳しい信仰の戦いを強いられました。

1,異教の地で、信仰によって生きる
かつて、大いなる奇蹟をもってエジプトから民を解放されたイスラエルの神、主は今どこにおられるのか。捕囚の地で信仰に生きようとする者には苦しみと戦いがあります。しかし、エレミヤの預言を聴いていた若者たちには、純粋な信仰が宿っていました。神を信じ、捕囚を受け入れ、異国の地で神に仕え生きることを決意しました。決して、絶望せず怠惰にならず、神を仰ぎ望んで異国地にあって真実に神に仕えて生きようとしました。神の国の民とされた私たちも、日本という異教社会に遣わされ、神と隣人に仕えこの国を愛し、この国に生きる使命と自覚をもって主に従っていきましょう。

2、異教の地で、身を清く生きる
彼らは、王の食卓(偶像の宮から下る)の食物を食べて身が汚れることのないよう、水と野菜だけを求めました。世話係の宦官は恐れますが、神が介入し守って下さいました。しかし、彼らはバビロンの異教世界のすべてを拒絶したのではありません。改名については、この国に生きるために必要と受け入れます。それは信仰の良心を否定するものではないと考えたからです。しかし、彼らは王の食卓から出る食物を食べることについては、身が汚れると判断しました。私たちも、日本の宗教文化への同意が当然のごとく求められる中で、その風習や文化・習慣の本質をよく理解し吟味した上、受け入れるべきと拒むべきとをみ言葉で判断し、知恵を用いて大胆に証の生活ができますように。異教の地でよく生きて、「地の塩、世の光」とならせていただきましょう。

 

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