H28.9.11主日礼拝

*聖書のお話し(バイブル・メッセージ)
「題」 「いのちのパン キリスト」
聖書の箇所 「ヨハネ6:26~35」 (日本聖書協会:口語訳聖書より引用)
6:26 イエスは答えて言われた、「よくよくあなたがたに言っておく。あなたがたがわたしを尋ねてきているのは、しるしを見たためではなく、パンを食べて満腹したからである。
6:27 朽ちる食物のためではなく、永遠の命に至る朽ちない食物のために働くがよい。これは人の子があなたがたに与えるものである。父なる神は、人の子にそれをゆだねられたのである」。
6:28 そこで、彼らはイエスに言った、「神のわざを行うために、わたしたちは何をしたらよいでしょうか」。
6:29 イエスは彼らに答えて言われた、「神がつかわされた者を信じることが、神のわざである」。
6:30 彼らはイエスに言った、「わたしたちが見てあなたを信じるために、どんなしるしを行って下さいますか。どんなことをして下さいますか。
6:31 わたしたちの先祖は荒野でマナを食べました。それは『天よりのパンを彼らに与えて食べさせた』と書いてあるとおりです」。
6:32 そこでイエスは彼らに言われた、「よくよく言っておく。天からのパンをあなたがたに与えたのは、モーセではない。天からのまことのパンをあなたがたに与えるのは、わたしの父なのである。
6:33 神のパンは、天から下ってきて、この世に命を与えるものである」。
6:34 彼らはイエスに言った、「主よ、そのパンをいつもわたしたちに下さい」。
6:35 イエスは彼らに言われた、「わたしが命のパンである。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決してかわくことがない。

ヨハネ6章にはキリストが行われたパンの奇蹟」(1~14)が記されています。
大麦のパン5つと2匹の魚で男だけで5千人を腹いっぱいに食べさせ、パンの残りが12のかごにいっぱいになったという大規模で圧倒的な奇蹟でした。四福音書のすべてがこの奇蹟を取り上げ、弟子たちに大きな影響を与えました。このパンの奇蹟には、どんな意味があるのでしょうか。キリストご自身が、このパンの奇蹟の真理を解き明かしておられます。

1、わたしが、「いのちのパン」である。
主が語られた「朽ちない命のパン天からのパン」を人々が願い求めた時、主は「わたしが命のパンである」と言われました。「わたしが命のパンである。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決してかわくことがない」(35) 命のパンは、主イエスご自身であり、主のもとに来て、主を信じる者は命のパンを受け、永遠のいのちに生かされ、霊的な飢え渇きを永遠に満たすと言われました。
「わたしが〇〇である。」(エゴー・エイミ) キリストご自身が、ご自分がどのような者であるかを、宣言されたことばです。「わたし自身、わたしそのものが、生きたいのちのパンである」と言われたのです。

2、「命のパンを食べる」
そのパンをいくら眺めていても、パンのことを知っていても、食べなければ変化は起りません。いのちを与えるパン、いのちを養うパンは、食べて初めていのちとなってはたらくのです。眺めているところから、取って「食べる」という決定的な信仰の働きが大切です。聖餐式は、お体を食べ血を飲むという(53~54)わざです。

3、日々に食するいのち
パンというのは、おかずではなく主食です。他のどんなものを食しても、この方をいだかなければ満足な生活をすることができず、朝に夕にこのお方をわがものとしなければ、もう日が過ごせないという主食なのです。「日毎の糧を与えたまえ」

 

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