H28.8.14主日礼拝

*聖書のお話し(バイブル・メッセージ)
「題」 「取り囲む神の守り」
聖書の箇所 「列王記下 6:15~23」 (日本聖書協会:口語訳聖書より引用)

6:15 神の人の召使が朝早く起きて出て見ると、軍勢が馬と戦車をもって町を囲んでいたので、その若者はエリシャに言った、「ああ、わが主よ、わたしたちはどうしましょうか」。
6:16 エリシャは言った、「恐れることはない。われわれと共にいる者は彼らと共にいる者よりも多いのだから」。
6:17 そしてエリシャが祈って「主よ、どうぞ、彼の目を開いて見させてください」と言うと、主はその若者の目を開かれたので、彼が見ると、火の馬と火の戦車が山に満ちてエリシャのまわりにあった。
6:18 スリヤびとがエリシャの所に下ってきた時、エリシャは主に祈って言った、「どうぞ、この人々の目をくらましてください」。するとエリシャの言葉のとおりに彼らの目をくらまされた。
6:19 そこでエリシャは彼らに「これはその道ではない。これはその町でもない。わたしについてきなさい。わたしはあなたがたを、あなたがたの尋ねる人の所へ連れて行きましょう」と言って、彼らをサマリヤへ連れて行った。
6:20 彼らがサマリヤにはいったとき、エリシャは言った、「主よ、この人々の目を開いて見させてください」。主は彼らの目を開かれたので、彼らが見ると、見よ、彼らはサマリヤのうちに来ていた。
6:21 イスラエルの王は彼らを見て、エリシャに言った、「わが父よ、彼らを撃ち殺しましょうか。彼らを撃ち殺しましょうか」。
6:22 エリシャは答えた、「撃ち殺してはならない。あなたはつるぎと弓をもって、捕虜にした者どもを撃ち殺すでしょうか。パンと水を彼らの前に供えて食い飲みさせ、その主君のもとへ行かせなさい」。
6:23 そこで王は彼らのために盛んなふるまいを設けた。彼らが食い飲みを終ると彼らを去らせたので、その主君の所へ帰った。スリヤの略奪隊は再びイスラエルの地にこなかった。

 朝早く、スリヤの軍隊が町を包囲していました。若者がエリシャに「ああ、御主人さま。
どうしたらよいのでしょう。」と言うと、彼は、「恐れるな。私たちと共にいる者は、彼らと共にいる者よりも多いのだから」と言って、主に祈り願います。「どうぞ、彼の目を開いて、見えるようにしてください。」、すると、主がその若者の目を開かれたので、彼が見ると、火の車と戦車がエリシャを取り巻いて山に満ちていたのです。エリシャは、何を見ていたのでしょう。確かに彼は自分を捕えるために包囲するスリヤの大軍を見ていました。決して、実際の問題が見えていないのではありません。現状把握の力に欠け、どうにかなるだろうと、漠然と神様を当てにするのは本当の意味での信仰ではありません。「神が何とかしてくださる!」確かにそうですが、地上の現実生活はそんな夢見事だけで成り立っていないのも事実です。大切なことはエリシャが正確に現実を把握し、それでいて、なお、現実以上のものが見えていたことです。彼は若者のために祈ります。「彼の霊の目が開かれ、肉の目が見る状況の背後におられるあなたを見えるようにしてください」と。若者の霊の目が開かれると、火の車と戦車が取り巻く山に満ちているのが見えました。アラムの軍隊、その馬と戦車と大軍はエリシャたちを完全に包囲していましたが、天の軍勢はさらに広く包囲していたのです。敵ごと、スリヤの軍隊を丸ごと包囲していたのです。 エリヤが見ていた<霊的現実>とはどのようなものでしょうか。

1、主は共におられる
 「恐れるな、私たちと共にいる者は・・」(16)
エリシャは、神が共におられるのを見ることができました。
「主の使いは、主を恐れる者の回りに陣を張り、彼らを助け出される。」 (詩篇34:7)

2、主は圧倒的な力を持たれる
 「わたしたちと共にいる者は、彼らと共にいる者よりも多い」(16)
エリシャが見た霊的現実は、共におられる方の圧倒的な力、勝利です。
主よ、どうぞわたしたちの霊の目を開いてください。 (エペソ 1:17~19)

 

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