H28.4.17オープン・チャーチ

*聖書のお話し(バイブル・メッセージ)
「題」 「狭い門より入れ」
聖書の箇所 「マタイ 7:13~14」 (日本聖書協会:口語訳聖書より引用)
7:13 狭い門からはいれ。滅びにいたる門は大きく、その道は広い。そして、そこからはいって行く者が多い。
7:14 命にいたる門は狭く、その道は細い。そして、それを見いだす者が少ない。

キリストは「狭い門からはいれ。滅びに至る門は大きく、その道は広い。そして、そこからはいって行く者が多い。・・・。」と言われました。

1、人生には二つの門がある
一つは「滅びにいたる門」、一つは「いのちにいたる門」です。多くの人は「滅びにいたる門」へ殺到します。そのほうが、財産や地位を保証し、窮屈でなく、楽で、面白くいけそうな門に見えるからです。しかし、その先は行き詰まりで滅びです。「いのちにいたる門」はこの世の富や快楽とは無関係のようですが、ここに永遠のいのちの保証があります。ですから、人間にとって一番大切なものが何か、人生の本来の目的は何かということに気づいた人は、あえて狭い門から入ろうとしまが、そのような人はいつでも多くないのです。その意味で、確かにこの門は「狭き門」です。

2、イエス・キリストが門である
もし、救いにあずかり天国に入るのに、有名大学の入学試験のように厳しくテストされるとしたら大変です。私たちの資質や、行い、品性・道徳など、あらゆる条件を満たさねばならないのならどうでしょう。天国は大変狭い門となります。しかし、そうではありません。それは、ただある一つの門をくぐるという点においてだけの狭さなのです。その一つの門とはイエス・キリストです。イエス・キリストこそ唯一の門です。キリストは、ご自分のことを「わたしは門である」と言われ「わたしを通って入る者は救われる」と言われました。また「わたしは道である」とも言われ、「だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない」と言われました。私たちの罪を背負って十字架に死に、甦られたお方がイエス・キリストです。今、キリストは誰にでも開かれている広い門です。ただ、その狭さは、自分の罪を認め、悔い改めてキリストを信じるという一点にあります。悔い改めてイエスを信じ、救いにあずかりましょう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です