H26.9.7主日礼拝&洗礼式

*聖書のお話し(バイブル・メッセージ)
「題」 「聖霊に導かれる生涯」
聖書の箇所 「創世記41:37~49」 (日本聖書協会:口語訳聖書より引用)

41:37 この事はパロとそのすべての家来たちの目にかなった。
41:38 そこでパロは家来たちに言った、「われわれは神の霊をもつこのような人を、ほかに見いだし得ようか」。
41:39 またパロはヨセフに言った、「神がこれを皆あなたに示された。あなたのようにさとく賢い者はない。
41:40 あなたはわたしの家を治めてください。わたしの民はみなあなたの言葉に従うでしょう。わたしはただ王の位でだけあなたにまさる」。
41:41 パロは更にヨセフに言った、「わたしはあなたをエジプト全国のつかさとする」。
41:42 そしてパロは指輪を手からはずして、ヨセフの手にはめ、亜麻布の衣服を着せ、金の鎖をくびにかけ、
41:43 自分の第二の車に彼を乗せ、「ひざまずけ」とその前に呼ばわらせ、こうして彼をエジプト全国のつかさとした。
41:44 ついでパロはヨセフに言った、「わたしはパロである。あなたの許しがなければエジプト全国で、だれも手足を上げることはできない」。
41:45 パロはヨセフの名をザフナテ・パネアと呼び、オンの祭司ポテペラの娘アセナテを妻として彼に与えた。ヨセフはエジプトの国を巡った。
41:46 ヨセフがエジプトの王パロの前に立った時は三十歳であった。ヨセフはパロの前を出て、エジプト全国をあまねく巡った。
41:47 さて七年の豊作のうちに地は豊かに物を産した。
41:48 そこでヨセフはエジプトの国にできたその七年間の食糧をことごとく集め、その食糧を町々に納めさせた。すなわち町の周囲にある畑の食糧をその町の中に納めさせた。
41:49 ヨセフは穀物を海の砂のように、非常に多くたくわえ、量りきれなくなったので、ついに量ることをやめた。

「聖霊に導かれる人の生涯」とはどういうものでしょう、ヨセフから学びます。

1、逆境の日々において・・・あらゆる時に主をほめたたえる
 ヨセフは、主人の妻の誘惑を退けて無実の罪を着せられ投獄されます。そこにエジプト王の給仕長と料理長とが、王の怒りにふれ投獄されてきました。彼らの夢を解いてやったヨセフは、給仕役に自分が釈放されるよう願います。しかし、釈放された給仕役はヨセフのことをすっかり忘れました。このように、ヨセフは兄たちに見捨てられ、誘惑を退け主人の妻に偽られて投獄され、助けた給仕役から忘れ去られるという悲哀を味わったのです。ヨセフは、全く不運な人です。しかし、「あらゆる時、あらゆる状況で主をほめたたえる」という原則に立つなら全く別の見方が出来ます。そのすべての不運な出来事がつながってやがてヨセフをエジプトの総理大臣に導く機会となっていったのです。神は真実な方です。どんな状況でも、神を仰ぎ、ほめたたえて行くなら<神の摂理の扉>が開かれていきます。

2、神の時・・・神の時を待つことを知っている
 給仕役はヨセフとの約束を忘れ、2年間も放置しました。ヨセフには暗黒の時でしたが、その暗黒の先に光があることを信じ疑いません。「それから2年後、パロは夢を見た。」とあります。人が忘れても、神は決して忘れません。「神の時」を備えておられるのです。時が満ち、獄屋から引き揚げられ、エジプトの大臣となる日がきたのです。「天の下では、何事にも定まった時があり、すべての営みには時がある。」(伝道3・1) 今がどんなに暗くても神の時を信じ、希望をもって歩み続けましょう。

3、順境の中で・・・神に栄光を帰すことを知っている
 「わたしではありません。神がパロの繁栄を知らせてくださるのです。」(41:16)彼は、神に信頼する事一本でやってきました。他に頼るものがないとうのは強い信仰を育て神に栄光を帰します。(箴3・6)

われわれは神の霊をもつこのような人を、ほかに見いだし得ようか。 創世記41:38

プログラム 時間 音声
前奏 0:50

賛美:天地(あめつち)こぞりて

0:44

交読:27 詩篇90 1:51

主の祈り 0:56

使徒信条 1:10

賛美18 おお御神をほめまつれ

2:58

聖書 創世記41:37~49 1:08

賛美224: ああ驚くべき 3:48

説教:聖霊に導かれる生涯

10:00

10:00

10:00

10:00

11:41


 

洗礼式:証 下瀬 信子姉
 
4:42

賛美301:わが行く道いついかに 2:21

感謝の祈り 1:43

頌栄63: 父御子御霊の 1:28

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