H24.8.05 主日礼拝

*聖書のお話し(バイブル・メッセージ)
「題」      「信仰による前進」

聖書の箇所 「民数記13:1~3、17~20、25~14:10 (日本聖書協会:口語訳聖書より引用)
13:25 四十日の後、彼らはその地を探り終って帰ってきた。
13:26 そして、パランの荒野にあるカデシにいたモーセとアロン、およびイスラエルの人々の全会衆のもとに行って、彼らと全会衆とに復命し、その地のくだものを彼らに見せた。
13:27 彼らはモーセに言った、「わたしたちはあなたが、つかわした地へ行きました。そこはまことに乳と蜜の流れている地です。これはそのくだものです。
13:28 しかし、その地に住む民は強く、その町々は堅固で非常に大きく、わたしたちはそこにアナクの子孫がいるのを見ました。
13:29 またネゲブの地には、アマレクびとが住み、山地にはヘテびと、エブスびと、アモリびとが住み、海べとヨルダンの岸べには、カナンびとが住んでいます」。
13:30 そのとき、カレブはモーセの前で、民をしずめて言った、「わたしたちはすぐにのぼって、攻め取りましょう。わたしたちは必ず勝つことができます」。
13:31 しかし、彼とともにのぼって行った人々は言った、「わたしたちはその民のところへ攻めのぼることはできません。彼らはわたしたちよりも強いからです」。
13:32 そして彼らはその探った地のことを、イスラエルの人々に悪く言いふらして言った、「わたしたちが行き巡って探った地は、そこに住む者を滅ぼす地です。またその所でわたしたちが見た民はみな背の高い人々です。
13:33 わたしたちはまたそこで、ネピリムから出たアナクの子孫ネピリムを見ました。わたしたちには自分が、いなごのように思われ、また彼らにも、そう見えたに違いありません」。
14:1 そこで、会衆はみな声をあげて叫び、民はその夜、泣き明かした。
14:2 またイスラエルの人々はみなモーセとアロンにむかってつぶやき、全会衆は彼らに言った、「ああ、わたしたちはエジプトの国で死んでいたらよかったのに。この荒野で死んでいたらよかったのに。
14:3 なにゆえ、主はわたしたちをこの地に連れてきて、つるぎに倒れさせ、またわたしたちの妻子をえじきとされるのであろうか。エジプトに帰る方が、むしろ良いではないか」。
14:4 彼らは互に言った、「わたしたちはひとりのかしらを立てて、エジプトに帰ろう」。
14:5 そこで、モーセとアロンはイスラエルの人々の全会衆の前でひれふした。
14:6 このとき、その地を探った者のうちのヌンの子ヨシュアとエフンネの子カレブは、その衣服を裂き、
14:7 イスラエルの人々の全会衆に言った、「わたしたちが行き巡って探った地は非常に良い地です。
14:8 もし、主が良しとされるならば、わたしたちをその地に導いて行って、それをわたしたちにくださるでしょう。それは乳と蜜の流れている地です。
14:9 ただ、主にそむいてはなりません。またその地の民を恐れてはなりません。彼らはわたしたちの食い物にすぎません。彼らを守る者は取り除かれます。主がわたしたちと共におられますから、彼らを恐れてはなりません」。
14:10 ところが会衆はみな石で彼らを撃ち殺そうとした。そのとき、主の栄光が、会見の幕屋からイスラエルのすべての人に現れた。

 エジプトを出発し荒野を旅してきた民はまさに約束の地に入るうとしていたその時、つまずいてしまい、その結果荒野で滅んでしまいました。「カデシ・バルネヤ事件」として知られるこの出来事は、不信仰がもたらす悲惨な結果を後世に警告しています。
1、パランの荒野で
 神はモーセに、カナンの地を探らせるために12部族の代表を選び、彼らを斥候として遣わすよう命じられました。彼らは40日に渡ってその地を行きめぐり報告しました。「そこは、まことに乳と蜜が流れている地です。」しかし、「その地に住む民は力強く、その町々は城壁をもち、非常に大きく…自分たちがいなごのようにみえた」と誇張し(13:27、28、33)私たちは攻め上ることは出来ないと反対して民に悪く言いふらしました。
 それを聞いた「全会集は‥叫び、泣き‥さあ、私たちはエジプトに帰ろう」(14:1、4)とまで言い出しました。彼らは、これまで神の驚くべき救いの力を何度も拝し、神の言葉の権威と神の臨在を経験してきたはずです。しかし目の前の現実を見て不信仰になり、神の二とばに背きました。ただ、ヨシュアとカレブだけは、「主に背いてはならない。その地の人々を恐れてはならない。」(14:8、9)と懸命に説得しましたが「全会集は、彼らを石で打ち殺そうと言いだす」(14:10)始末でした。神は怒って民を滅ぼすと言われましたが、モーセのとりなしによりとどめられました。しかし、民の不信仰がさばかれカレブとヨシュア以外の男子が荒野で死に絶えたのです。この出来事から学ぶべき事があります。
(1)だれを恐れて生きるのか
 彼らは目に見える敵の勢力を恐れ神の御業を忘れました。私たちも臆病の故に主に従うことが出来ず、大きな回り道をすることがないでしょうか。
2、信仰によって生きる
 神は「わたしの義人は信仰によって生きる。もし、恐れ退くなら、私の心は彼を喜ばない。」と言っておられます。それに応じて、「わたしたちは、恐れ退いて滅びる者ではなく、信じていのちを保つ者です。」と告白するのです。(ヘブル10:38、39)
信仰によって立つのか、それとも不信仰になって倒れてしまうのか、問われています。

主がわたしたちと共におられますから、彼らを恐れてはなりません。民数記14:9
プログラム 時間 音声
前奏 0:29

賛美:天地(あめつち)こぞりて 0:52

交読29:詩篇95 1:01

主の祈り 0:52

使徒信条 0:56

賛美20:主のまことは 3:26

聖書:民数記13:25-14:10 3:59

賛美346:移りゆく間も 2:34

説教:主の祈り

10:01

9:20

9:52

10:13

10:43

聖餐式:しみも咎も 3:19

賛美390:真実全きここともて 2;28

頌栄:父御子御霊の 1:35

 

 

 

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