R4.4.3 礼拝・聖餐式

「題」 「十字架による赦し」
聖書の箇所 「ルカの福音書23章32~38節」(新約P.170)
※聖書:新改訳2017©2017 新日本聖書刊行会
32 ほかにも二人の犯罪人が、イエスとともに死刑にされるために引かれて行った。
33 「どくろ」と呼ばれている場所に来ると、そこで彼らはイエスを十字架につけた。また犯罪人たちを、一人は右に、もう一人は左に十字架につけた。
34 そのとき、イエスはこう言われた。「父よ、彼らをお赦しください。彼らは、自分が何をしているのかが分かっていないのです。」彼らはイエスの衣を分けるために、くじを引いた。
35 民衆は立って眺めていた。議員たちもあざ笑って言った。「あれは他人を救った。もし神のキリストで、選ばれた者なら、自分を救ったらよい。」
36 兵士たちも近くに来て、酸いぶどう酒を差し出し、
37 「おまえがユダヤ人の王なら、自分を救ってみろ」と言ってイエスを嘲った。
38 「これはユダヤ人の王」と書いた札も、イエスの頭の上に掲げてあった。

1、十字架の赦し
34 節「そのとき、イエスはこう言われた。『父よ、彼らをお赦しください。彼らは、自分が何をしているのかが分かっていないのです。』」
十字架は、神を神としないで自分自身を神とする私たちの罪を明らかにします。そのような私たちの罪のために苦しみを受けられているお方が、苦しみを与える罪人のために赦しを願い、祈ってくださいます。このお方の愛によって赦しが与えられます。

2、誰のための赦しか
34 節「彼らはイエスの衣を分けるために、くじを引いた。」
イエス様は赦しを願われた理由として「自分が何をしているのかが分かっていないのです」と祈られます。罪に捕らわれ、自分のことばかり考えている私たちは、イエス様の十
字架を見ることができず、イエス様の赦しのことばを聞くこともできないでいます。しかしイエス様は、罪が分かり悔い改めたからではなく、何をしているのかが分かっていない愚かな私たちのために、罪からの解放を与えてくださいます。

3、赦しの力
35 節「民衆は立って眺めていた。議員たちもあざ笑って言った。『あれは他人を救った。もし神のキリストで、選ばれた者なら、自分を救ったらよい。』」
神様を認めない世界は、愛が失われ、力ある者でなければ認められず、無力な者が虐げられます。しかしイエス様は無力な者を愛され、ご自分を捨てられてまで、赦しの希望を与えてくださいます。イエス様の赦しは、無から有を生み出す大きな力があります。

 

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