R4.3.13 礼拝式

「題」 「すべてを献げる」
聖書の箇所 「ルカの福音書21章1~4節」(新約P.162)
※聖書:新改訳2017©2017 新日本聖書刊行会
1 イエスは目を上げて、金持ちたちが献金箱に献金を投げ入れているのを見ておられた。
2 そして、ある貧しいやもめが、そこにレプタ銅貨を二枚投げ入れるのを見て、
3 こう言われた。「まことに、あなたがたに言います。この貧しいやもめは、だれよりも多くを投げ入れました。
4 あの人たちはみな、あり余る中から献金として投げ入れたのに、この人は乏しい中から、持っていた生きる手立てのすべてを投げ入れたのですから。」

1、だれよりも多く献げた
2~3節「そして、ある貧しいやもめが、そこにレプタ銅貨を二枚投げ入れるのを見て、こう言われた。『まことに、あなたがたに言います。この貧しいやもめは、だれもりも多くを投げ入れました。』」
レプタは最小単位の銅貨で、金額的には現在の100 円玉に相当します。ですからイエス様が貧しいやもめの献金を「だれよりも多く」と言われたのは金額のことではありません。このやもめはだれよりも多くの犠牲を払って献金を献げました。それは、だれよりも多く神様を愛したということです。

2、あり余る中から献げた
4節「あの人たちはみな、あり余る中から献金として投げ入れた」
金額的には、金持ちの方が多く献げています。しかし彼らは余り物を神様に献げていました。自分の必要を取り分けた後で献金を用意することは、神様より自分を優先しています。献金だけでなく、祈ること、聖書に親しむこと、これらを余った時間で行っているのなら、神様への愛は小さいと言わざるを得ません。

3、生きる手立てのすべてを献げた
4節「この人は乏しい中から、持っていた生きる手立てのすべてを投げ入れたのですから。」
口語訳で「生活費の全部」と訳されていたのが、新改訳2017 では「生きる手立てのすべて」と訳されています。「生活費」「生きる手立て」と訳されたことばは、生涯、あるいは生命を支える手段を意味することばです。やもめは全生涯を神様に献げたのです。それは自分の生命をすべて神様が救い、支えてくださるという信仰によるのです。

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