R3.10.10 主日礼拝

「題」 「私をあわれんでください
聖書の箇所 「ルカの福音書18章35~43節」(新約P.156)
※聖書:新改訳2017©2017 新日本聖書刊行会
35 イエスがエリコに近づいたとき、一人の目の見えない人が道端に座り、物乞いをしていた。
36 彼は群衆が通って行くのを耳にして、これはいったい何事かと尋ねた。
37 ナザレ人イエスがお通りになるのだと人々が知らせると、
38 彼は大声で、「ダビデの子のイエス様、私をあわれんでください」と言った。
39 先を行く人たちが、黙らせようとしてたしなめたが、その人はますます激しく「ダビデの子よ、私をあわれんでください」と叫んだ。
40 イエスは立ち止まって、彼を連れて来るように命じられた。彼が近くに来ると、イエスはお尋ねになった。
41 「わたしに何をしてほしいのですか。」するとその人は答えた。「主よ、目が見えるようにしてください。」
42 イエスは彼に言われた。「見えるようになれ。あなたの信仰があなたを救いました。」
43 その人はただちに見えるようになり、神をあがめながらイエスについて行った。これを見て、民はみな神を賛美した。

1、私をあわれんでください
37~38 節「ナザレ人イエスがお通りになるのだと人々が知らせると、彼は大声で『ダビデの子イエス様、私をあわれんでください』と言った。」
目の見えない人は、イエス様から救いをいただくため、自分から差し出すとのできるものを何ももっていませんでした。それで「あわれんでください」と叫びます。それは自分が救いを必要とする弱い存在であることを認める叫びです。その求めにイエス様は答えてくださいます。

2、見えるようにしてください
40~41 節「イエスは立ち止まって、彼を連れて来るように命じられた。彼が近くに来ると、イエスはお尋ねになった。『わたしに何をしてほしいのですか。』するとその人は答えた。『主よ、目が見えるようにしてください。』」
小さなひとりのために、イエス様は立ち止まってくださるお方です。目の見えない人は「目が見えるようにしてください」と求めます。この人は単に視力の回復を願ったのかもしれません。しかし、イエス様は人の思いを遙かに超えた働きを実現されるのです。

3、見えるようになる
42~43 節「イエスは彼に言われた。『見えるようになれ。あなたの信仰があなたを救いました。』その人はただちに見えるようになり、神をあがめながらイエスについて行った。これを見て、民はみな神を賛美した。」
「見えるようになれ」直訳すると「仰ぎ見よ」です。イエス様は肉体の目だけでなく、心の目も開かれ、救いを見る者としてくださいました。イエス様は私たちの目も開いてくださり、どんな闇の中にあっても救いの光を仰ぎ見ることのできる信仰を与えてくださいます。

 

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