R3.3.28 主日礼拝

「題」 「キリストの死
聖書の箇所 「マタイの福音書27章45~50節 」(新約P.62)
※聖書:新改訳2017©2017 新日本聖書刊行会
45 さて、十二時から午後三時まで闇が全地をおおった。
46 三時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。
47 そこに立っていた人たちの何人かが、これを聞いて言った。「この人はエリヤを呼んでいる。」
48 そのうちの一人がすぐに駆け寄り、海綿を取ってそれに酸いぶどう酒を含ませ、葦の棒に付けてイエスに飲ませようとした。
49 ほかの者たちは「待て。エリヤが救いに来るか見てみよう」と言った。
50 しかし、イエスは再び大声で叫んで霊を渡された。

1、キリストの苦しみ
46 節「三時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。『エリ、エリ、レマ、サバクタニ。』これは、『わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか』という意味である。」
イエス様は神の独り子であられるので、父なる神様との関係が完全に断たれたことをはっきりと知り、叫ばれます。「どうして」その理由は、わたしたちの罪のためです。天国から失われたわたしたちを取り戻されるため、神様は独り子を身代わりにされたのです。

2、キリストへの無理解
47 節「そこに立っていた人たちの何人かが、これを聞いて言った。『この人はエリヤを呼んでいる。』」
イエス様の叫びを誰一人理解できませんでした。本当はわたしたちが見捨てられてしまう存在であり、神様との関係の回復を求めて叫ぶべき存在です。神様から離れた存在である罪人であることを認めることなしには、十字架の救いもイエス様の愛も知ることができません。

3、キリストの死
49~50 節「ほかの者たちは『待て。エリヤが救いに来るか見てみよう』と言った。しかし、イエスは再び大声で叫んで霊を渡された。」
イエス様の十字架による死は、完全な死です。しかしそれで終わりではありません。イエス様は死をも打ち砕かれました。罪の刑罰による死を打ち砕かれた十字架を信じる者は、どのような闇の中からも救われて、永遠の生命を受けることができるのです。

 

 

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