R2.10.18 主日礼拝

「題」 「汚れは内にある
聖書の箇所 「マルコによる福音書7章14~23節」
(日本聖書協会:口語訳聖書より引用)
7:14 それから、イエスは再び群衆を呼び寄せて言われた、「あなたがたはみんな、わたしの言うことを聞いて悟るがよい。
7:15 すべて外から人の中にはいって、人をけがしうるものはない。かえって、人の中から出てくるものが、人をけがすのである。
〔 7:16 聞く耳のある者は聞くがよい〕」。
7:17 イエスが群衆を離れて家にはいられると、弟子たちはこの譬について尋ねた。
7:18 すると、言われた、「あなたがたも、そんなに鈍いのか。すべて、外から人の中にはいって来るものは、人を汚し得ないことが、わからないのか。
7:19 それは人の心の中にはいるのではなく、腹の中にはいり、そして、外に出て行くだけである」。イエスはこのように、どんな食物でもきよいものとされた。
7:20 さらに言われた、「人から出て来るもの、それが人をけがすのである。
7:21 すなわち内部から、人の心の中から、悪い思いが出て来る。不品行、盗み、殺人、
7:22 姦淫、貪欲、邪悪、欺き、好色、妬み、誹り、高慢、愚痴。
7:23 これらの悪はすべて内部から出てきて、人をけがすのである」。

1、外から人を汚すものはない
15 節「すべて外から人の中にはいって、人をけがしうるものはない。かえって、人の中から出てくるものが、人をけがすのである」。
ユダヤ人は神様を信じない他民族、他国の神々や文化が入り込むと汚されるので、厳しく区別し、排除していました。イエス様はそのようなユダヤ人の姿に対して、問題は外側にあるのではなく、内側にあると教えられ、神の言を無にしていると告げられます。

2、わからない弟子たち
18 節「あなたがたも、そんなに鈍いのか。すべて、外から人の中にはいって来るものは、人を汚し得ないことが、わからないのか」。
イエス様の語られたことを、弟子たちも理解できませんでした。弟子たちも人の言い伝え、自分たちの考えに固執して、心が閉ざされていました。イエス様の弟子たちも自分の内にある汚れに気づいていませんでした。わたしたちも環境や人間関係など、外側に問題があると思い、自分の内にある問題を見過ごしていることはないでしょうか。

3、汚れは内にある
21~23 節「すなわち内部から、人の心の中から、悪い思いが出て来る。不品行、盗み、殺人、姦淫、貪欲、邪悪、欺き、好色、妬み、誹り、高慢、愚痴。これらの悪はすべて内部から出てきて、人をけがすのである」。
外側ではなく、人の内にこそ汚れがあることを知らせるため、イエス様は具体的に語られます。これらの悪が内から出て来ると気づくことができる人はさいわいです。自分ではどうすることもできないことを知り、ただイエス様を信じて、救いを求めることができるからです。イエス様はわたしたちの内をきよめ、豊かな実を結ぶ者としてくださいます。

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