R2.7.12 主日礼拝

「題」 「バベルの塔」
聖書の箇所 「創世記11章1~9節 」
(日本聖書協会:口語訳聖書より引用)

11:1 全地は同じ発音、同じ言葉であった。
11:2 時に人々は東に移り、シナルの地に平野を得て、そこに住んだ。
11:3 彼らは互に言った、「さあ、れんがを造って、よく焼こう」。こうして彼らは石の代りに、れんがを得、しっくいの代りに、アスファルトを得た。
11:4 彼らはまた言った、「さあ、町と塔とを建てて、その頂を天に届かせよう。そしてわれわれは名を上げて、全地のおもてに散るのを免れよう」。
11:5 時に主は下って、人の子たちの建てる町と塔とを見て、
11:6 言われた、「民は一つで、みな同じ言葉である。彼らはすでにこの事をしはじめた。彼らがしようとする事は、もはや何事もとどめ得ないであろう。
11:7 さあ、われわれは下って行って、そこで彼らの言葉を乱し、互に言葉が通じないようにしよう」。
11:8 こうして主が彼らをそこから全地のおもてに散らされたので、彼らは町を建てるのをやめた。
11:9 これによってその町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を乱されたからである。主はそこから彼らを全地のおもてに散らされた。

1、名を上げる愚かさ
4節「彼らはまた言った、『さあ、町と塔を建てて、その頂を天に届かせよう。そしてわれわれは名を上げて、全地のおもてに散るのを免れよう』」。
人々はレンガとアスファルトを得たことで、天に届く力を得たと思い上がり、その力で名を上げようとしました。これは現代社会のあり方そのものに思われます。それは愛が失われて争いが絶えず、弱い人たちが見過ごされる社会です。

2、主は下られる
7節「さあ、われわれは下って行って、そこで彼らの言葉を乱し、互に言葉が通じないようにしよう」。
塔を建てて天に届かせようとする人の働きを見られるため、神様は「下って」と記されています。人の働きは天に遠く及ばなかったのです。どんなことをもってしても届き得ないわたしたちのため、神様は下ってくださるお方です。その愛はイエス様によって現されました。教会はどうでしょうか。神様の下られる愛を現しているでしょうか。

3、主は散らされる
9節「これによってその町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を乱されたからである。主はそこから彼らを全地のおもてに散らされた」。
神様はあえて人の言葉を乱され、全地に散らされました。先にノアとその家族に「生めよ、ふえよ、地に満ちよ」と祝福された言葉を実現されるためです。神様は全地にご自身の愛と救いを満たされるため、わたしたちひとりひとりをそれぞれのところに遣わされます。

 

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