R2.4.5 主日礼拝

「題」 「救いの完了」
聖書の箇所 「ヨハネによる福音書19章28~30節」
(日本聖書協会:口語訳聖書より引用)
19:28 そののち、イエスは今や万事が終ったことを知って、「わたしは、かわく」と言われた。それは、聖書が全うされるためであった。
19:29 そこに、酢いぶどう酒がいっぱい入れてある器がおいてあったので、人々は、このぶどう酒を含ませた海綿をヒソプの茎に結びつけて、イエスの口もとにさし出した。
19:30 すると、イエスはそのぶどう酒を受けて、「すべてが終った」と言われ、首をたれて息をひきとられた。

1、聖書の成就
28 節「そののち、イエスは今や万事が終ったことを知って、『わたしは、かわく』と言われた。それは、聖書が全うされるためであった」。
万事が終ったとは、イエス様の愛の御業が完了したということです。また、聖書が全うされるとは、聖書に記されたイエス様の愛の約束が十字架によってわたしたちに全うされたということです。全地の支配者であり、満ち満ちておられるはずのお方「かわく」と言われるほど、イエス様はわたしたちに愛を注ぎ尽されました。

2、救いの完了
30 節「すると、イエスはそのぶどう酒を受けて、『すべてが終った』と言われ、首をたれて息をひきとられた」。
「すべてが終った」それは、「完了した」「成就した」という意味です。イエス様の十字架が救いのすべてであり、十字架によって救いは完了しています。救いのため、天国への道が開かれるため、わたしたちが付け加えることは何もありません。イエス様がすべて成し遂げてくださり、完了してくださいました。わたしたちはただ信じるだけです。

3、神様にゆだねる
イエス様ご自身が、信仰をもって十字架にかかられました。「息をひきとられた」は直訳すると「霊をゆだねる」です。すべてが完了したこと、足りないことは何もないということを、イエス様は信じ切って、すべてを父なる神様にゆだねられました。わたしたちはイエス様のご真実によって、キリストと共に生きる者とされるのです。

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