R2.3.29 主日礼拝

「題」 「取り去られない喜び」
聖書の箇所 「ヨハネによる福音書16章16~24節」
(日本聖書協会:口語訳聖書より引用)
16:16 しばらくすれば、あなたがたはもうわたしを見なくなる。しかし、またしばらくすれば、わたしに会えるであろう」。
16:17 そこで、弟子たちのうちのある者は互に言い合った、「『しばらくすれば、わたしを見なくなる。またしばらくすれば、わたしに会えるであろう』と言われ、『わたしの父のところに行く』と言われたのは、いったい、どういうことなのであろう」。
16:18
彼らはまた言った、「『しばらくすれば』と言われるのは、どういうことか。わたしたちには、その言葉の意味がわからない」。
16:19 イエスは、彼らが尋ねたがっていることに気がついて、彼らに言われた、「しばらくすればわたしを見なくなる、またしばらくすればわたしに会えるであろうと、わたしが言ったことで、互に論じ合っているのか。
16:20 よくよくあなたがたに言っておく。あなたがたは泣き悲しむが、この世は喜ぶであろう。あなたがたは憂えているが、その憂いは喜びに変るであろう。
16:21 女が子を産む場合には、その時がきたというので、不安を感じる。しかし、子を産んでしまえば、もはやその苦しみをおぼえてはいない。ひとりの人がこの世に生れた、という喜びがあるためである。
16:22 このように、あなたがたにも今は不安がある。しかし、わたしは再びあなたがたと会うであろう。そして、あなたがたの心は喜びに満たされるであろう。その喜びをあなたがたから取り去る者はいない。
16:23 その日には、あなたがたがわたしに問うことは、何もないであろう。よくよくあなたがたに言っておく。あなたがたが父に求めるものはなんでも、わたしの名によって下さるであろう。
16:24 今までは、あなたがたはわたしの名によって求めたことはなかった。求めなさい、そうすれば、与えられるであろう。そして、あなたがたの喜びが満ちあふれるであろう。

1、主の復活による喜び
16 節「しばらくすれば、あなたがたはもうわたしを見なくなる。しかし、またしばらくすれば、わたしに会えるであろう」。
間もなくイエス様は十字架にかかられます。墓に葬られます。イエス様に会えなくなると弟子たちは悲嘆に暮れます。しかし3日目によみがえられて、弟子たちは再びイエス様に会うことができます。イエス様が共におられる喜びは、死の力も取り去ることができません。

2、聖霊に満たされる喜び
22~23 節「このように、あなたがたにも今は不安がある。しかし、あなたがたの心は喜びに満たされるであろう。その喜びをあなたがたから取り去る者はいない。その日には、あなたがたがわたしに問うことは、何もないであろう」。
イエス様はやがて天に昇られますが、聖霊が信じる者の心に満たされます。聖霊は、この世のどんな困難が襲いかかっても、その喜びが取り去られないことをわたしたちに明らかにしてくださいます。

3、求める者に満ちあふれる喜び
24 節「今までは、あなたがたはわたしの名によって求めたことはなかった。求めなさい。そうすれば、与えられるであろう。そして、あなたがたの喜びが満ちあふれるであろう」。
イエス様はわたしたちを愛し、喜びを満たしたいと切に願っておられます。その愛に答えて、イエス様を積極的に求めましょう。積極的に、具体的に祈る者に、イエス様は積極的に、具体的に答えてくださいます。求めれば求めるほど、喜びが満ちあふれるのです。

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