R2.1.26 主日礼拝

「題」 「日々の糧を与え給う主」
聖書の箇所 「出エジプト記16章31~36節」
(日本聖書協会:口語訳聖書より引用)
16:31 イスラエルの家はその物の名をマナと呼んだ。それはコエンドロの実のようで白く、その味は蜜を入れたせんべいのようであった。
16:32 モーセは言った、「主の命じられることはこうである、『それを一オメルあなたがたの子孫のためにたくわえておきなさい。それはわたしが、あなたがたをエジプトの地から導き出した時、荒野であなたがたに食べさせたパンを彼らに見させるためである』と」。
16:33 そしてモーセはアロンに言った「一つのつぼを取り、マナ一オメルをその中に入れ、それを主の前に置いて、子孫のためにたくわえなさい」。
16:34 そこで主がモーセに命じられたように、アロンはそれをあかしの箱の前に置いてたくわえた。
16:35 イスラエルの人々は人の住む地に着くまで四十年の間マナを食べた。すなわち、彼らはカナンの地の境に至るまでマナを食べた。
16:36 一オメルは一エパの十分の一である。

1、主の恵みの不思議
14 節「イスラエルの人々はそれを見て互に言った、『これはなんであろう』。彼らはそれがなんであるのか知らなかったからである」。
31 節「イスラエルの家はその物の名をマナと呼んだ」。
主は食べ物がないというイスラエルのつぶやきを聞かれ、マナを与えられました。マナとは「これは何」というヘブル語から名づけられました。主を信じることができずにつぶやいたイスラエルを愛される主の恵みは、わたしたちの理解を超えた大きな力があります。
2、日々の糧を与え給う主
35 節「イスラエルの人々は人の住む地に着くまで四十年の間マナを食べた。すなわち、彼らはカナンの地の境に至るまでマナを食べた」。
主が与えてくださるマナは、イスラエルがどんなに不信仰に陥っても、約束の地に着くまで絶えることなく与えられました。神様の恵みは決して尽きることがありません。必ず主は、わたしたちに日々の必要を与えて御国にまで導いてくださいます。
3、主ご自身がいのちの糧
ヨハネによる福音書6章48~50 節「わたしは命のパンである。あなたがたの先祖は荒野でマナを食べたが、死んでしまった。しかし、天から下ってきたパンを食べる人は、決して死ぬことはない」。
イエス様はご自分が命のパンであると言われました。イスラエルが約束の地に着くまでマナが与えられたように、わたしたちは御国にたどり着くまでイエス様の愛が常に共にあります。日々、イエス様が与えてくださる十字架と復活のいのちに満たされ歩みましょう。

『山田てるへ姉:愛称聖句
テサロニケ人への第一の手紙5章16~18節

5:16いつも喜んでいなさい。
5:17絶えず祈りなさい。
5:18すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって、神があなたがたに求めておられることである。

 

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