R1.9.22主日礼拝

「題」 「新しく生まれる」
聖書の箇所 「ヨハネによる福音書3章1~15節 」
(日本聖書協会:口語訳聖書より引用)
3:1 パリサイ人のひとりで、その名をニコデモというユダヤ人の指導者があった。
3:2 この人が夜イエスのもとにきて言った、「先生、わたしたちはあなたが神からこられた教師であることを知っています。神がご一緒でないなら、あなたがなさっておられるようなしるしは、だれにもできはしません」。
3:3 イエスは答えて言われた、「よくよくあなたに言っておく。だれでも新しく生れなければ、神の国を見ることはできない」。
3:4 ニコデモは言った、「人は年をとってから生れることが、どうしてできますか。もう一度、母の胎にはいって生れることができましょうか」。
3:5 イエスは答えられた、「よくよくあなたに言っておく。だれでも、水と霊とから生れなければ、神の国にはいることはできない。
3:6 肉から生れる者は肉であり、霊から生れる者は霊である。
3:7 あなたがたは新しく生れなければならないと、わたしが言ったからとて、不思議に思うには及ばない。
3:8 風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞くが、それがどこからきて、どこへ行くかは知らない。霊から生れる者もみな、それと同じである」。
3:9 ニコデモはイエスに答えて言った、「どうして、そんなことがあり得ましょうか」。
3:10 イエスは彼に答えて言われた、「あなたはイスラエルの教師でありながら、これぐらいのことがわからないのか。
3:11 よくよく言っておく。わたしたちは自分の知っていることを語り、また自分の見たことをあかししているのに、あなたがたはわたしたちのあかしを受けいれない。
3:12 わたしが地上のことを語っているのに、あなたがたが信じないならば、天上のことを語った場合、どうしてそれを信じるだろうか。
3:13 天から下ってきた者、すなわち人の子のほかには、だれも天に上った者はない。 3:14 そして、ちょうどモーセが荒野でへびを上げたように、人の子もまた上げられなければならない。
3:15 それは彼を信じる者が、すべて永遠の命を得るためである」。

1、新しく生まれる
3節「イエスは答えて言われた、『よくよくあなたに言っておく。だれでも新しく生れなければ、神の国を見ることはできない』」。
律法を守るといった人間の行いは、神の国に入る代価とはなりません。イエス様はそうした今までの生き方を捨てるよう「新しく生れなければ」と告げられます。「新しく」は「天から」という意味もあります。自分の行いに頼るのではなく、ただ神様を信じなさいということです。
2、水と霊とから生まれる
5節「イエスは答えられた、『よくよくあなたに言っておく。だれでも、水と霊とから生れなければ、神の国にはいることはできない』」。
「新しく生まれる」をイエス様は「水と霊とから生まれる」と言い換えられます。水と霊とから生まれるとは、悔い改めと聖霊による新生です。悔い改めは、神様を信じないで自分を頼りとしている生き方を180度改め、神様だけを頼り、聖霊の導きに生きる生き方に変わることです。
3、イエス様を信じる
14~15 節「そして、ちょうどモーセが荒野でへびを上げたように、人の子もまた上げられなければならない。それは彼を信じる者が、すべて永遠の命を得るためである」。
人の行いは救いの代価になりません。ただ天から、神様から与えられる代価であるイエス様の十字架を仰ぐ以外に、救いの道はありません。
永遠の命とは、神様との永遠の愛の交わりを得ることです。神様が独り子を犠牲にされてまで、わたしたちに永遠の命を与えたいと願っておられることを信じて、肉の思いによらず、御霊によって歩みましょう。

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