R1.6.9ペンテコステ礼拝式

「題」 「聖霊降臨」
聖書の箇所 「使徒行伝2章1~4節 」
(日本聖書協会:口語訳聖書より引用)
2:1 五旬節の日がきて、みんなの者が一緒に集まっていると、
2:2 突然、激しい風が吹いてきたような音が天から起ってきて、一同がすわっていた家いっぱいに響きわたった。
2:3 また、舌のようなものが、炎のように分れて現れ、ひとりびとりの上にとどまった。
2:4 すると、一同は聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、いろいろの他国の言葉で語り出した。

1、激しい風が天から起きる
1~2節「五旬節の日がきて、みんなの者が一緒に集まっていると、突然、激しい風が吹いてきたような音が天から起ってきて、一同がすわっていた家いっぱいに響きわたった」。
「激しい風」は、主の息吹である聖霊です。主はアダムに命の息を吹きいれられて、生きる者とされたように、主の約束を信じて待ち望む者たちに、聖霊を注がれ、新しく生きる者としてくださいます。聖霊に満たされるなら、あらゆる恐れが取り除かれ、力強く歩む者とされます。
2、ひとりびとりの上にとどまった
3節「また、舌のようなものが、炎のように分れて現れ、ひとりびとりの上にとどまった」。
聖霊は、特別な誰かに代表で与えられるのではなく、ひとりびとりに与えられます。主はあなたを愛し、あなたを用いたいと願っておられます。わたしは用いられないと言うことは、主の力が足りないと言うことと同じです。そうではありません。主を信じて聖霊を求めましょう。
3、いろいろの他国の言葉で語り出した
4節「すると、一同は聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、いろいろの他国の言葉で語り出した」。
主がひとりびとりに聖霊を与え、用いようと願われるのは、主があらゆるひとびとに働きかけ、救いに導きたいためです。そして、主がどんな人をも愛し、満たすことができるお方であることを現されるためです。
聖書は多くの言葉に翻訳され、用いられています。それは主の愛の現れです。どんな人でも主の愛と救いの言葉を聞くことができるのです。

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