H30.11.11主日礼拝

「題」 「信仰をもって祈る
聖書の箇所 「ルカによる福音書18章1~8節
(日本聖書協会:口語訳聖書より引用)
18:1また、イエスは失望せずに常に祈るべきことを、人々に譬で教えられた。
18:2「ある町に、神を恐れず、人を人とも思わぬ裁判官がいた。
18:3ところが、その同じ町にひとりのやもめがいて、彼のもとにたびたびきて、『どうぞ、わたしを訴える者をさばいて、わたしを守ってください』と願いつづけた。
18:4彼はしばらくの間きき入れないでいたが、そののち、心のうちで考えた、『わたしは神をも恐れず、人を人とも思わないが、
18:5このやもめがわたしに面倒をかけるから、彼女のためになる裁判をしてやろう。そうしたら、絶えずやってきてわたしを悩ますことがなくなるだろう』」。
18:6そこで主は言われた、「この不義な裁判官の言っていることを聞いたか。
18:7まして神は、日夜叫び求める選民のために、正しいさばきをしてくださらずに長い間そのままにしておかれることがあろうか。
18:8あなたがたに言っておくが、神はすみやかにさばいてくださるであろう。しかし、人の子が来るとき、地上に信仰が見られるであろうか」。

1、失望せずに祈り続ける
 1節「また、イエスは失望せずに常に祈るべきことを、人々に譬で教えられた」。
「失望」と訳されている言葉は、悪に陥るという意味合いの単語が使われています。祈らないこと、神様に頼らないことは、希望を失い悪に陥ることだと、イエス様は言われます。祈ることは、悪に陥らないよう、希望を与えるイエス様を仰ぎ見ることです。

2、祈りの力
 4~5節「わたしは神をも恐れず、人を人とも思わないが、このやもめがわたしに面倒をかけるから、彼女のためになる裁判をしてやろう。そうしたら、絶えずやってきてわたしを悩ますことがなくなるだろう」。
神をも恐れず、人を人とも思わぬ裁判官のように、世の中には、理不尽でどうにもならないと思えることがあります。ところが、無力な立場のやもめが、その高い壁を「願いつづける」だけで突破します。それがイエス様の教える祈りの力です。

3、信仰をもって祈る
 8節「あなたがたに言っておくが、神はすみやかにさばいてくださるであろう。しかし、人の子が来るとき、地上に信仰が見られるだろうか」。
この不義な裁判官のように、悪魔は祈りの力を恐れています。祈りはすみやかにさばいてくださる神様につながるからです。ですから悪魔はわたしたちが祈らないように、信仰を失わせるように働きかけます。
現状に押しつぶされて失望しないように祈りましょう。悪魔も祈りの力に対して退くのです。信仰をもって祈り続けましょう。

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