H30.7.22主日礼拝

「題」 「人を汚すもの
聖書の箇所 「マルコによる福音書7章17~23節」
(日本聖書協会:口語訳聖書より引用)
7:17 イエスが群衆を離れて家にはいられると、弟子たちはこの譬について尋ねた。
7:18 すると、言われた、「あなたがたも、そんなに鈍いのか。すべて、外から人の中にはいって来るものは、人を汚し得ないことが、わからないのか。
7:19 それは人の心の中にはいるのではなく、腹の中にはいり、そして、外に出て行くだけである」。イエスはこのように、どんな食物でもきよいものとされた。
7:20 さらに言われた、「人から出て来るもの、それが人をけがすのである。
7:21 すなわち内部から、人の心の中から、悪い思いが出て来る。不品行、盗み、殺人、
7:22 姦淫、貪欲、邪悪、欺き、好色、妬み、誹り、高慢、愚痴。
7:23 これらの悪はすべて内部から出てきて、人をけがすのである」。

1、人を汚し得るもの
 18節「あなたがたも、そんなに鈍いのか。すべて、外から人の中にはいって来るものは、人を汚し得ないことが、わからないのか」。
わたしたちは、他の人や環境など、自分の外側にある何かに問題があると思いがちです。しかしイエス様は「外から人の中にはいって来るものは、人を汚し得ない」と断言されます。つまり問題はあなた以外の何かではなく、あなたの内側にあると言われます。

2、人の汚れの問題
 21~22節「すなわち内部から、人の心の中から、悪い思いが出て来る。不品行、盗み、殺人、姦淫、貪欲、邪悪、欺き、好色、妬み、誹り、高慢、愚痴」。
心の汚れの問題が具体的にあげられます。確かに、これらの問題は誰かに教えられたのでもないのに、心の中から出てきます。外から入って来るものが問題ではなく、自分自身が問題であると認めざると得ません。

3、汚れをきよめるお方
 23節「これらの悪はすべて内部から出てきて、人をけがすのである」。
問題が内側にあるなら、自分ではどうすることもできません。心の内をすべてイエス様に打ち明けて、きよめていただくべきです。
ヨハネの黙示録3章20節「だれでもわたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしはその中にはいって彼と食を共にし、彼もまたわたしと食を共にするであろう」。
イエス様はわたしたちの内側に働きかけて、汚れをきよめるお方です。

 

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