H29.5.21主日礼拝

*聖書のお話し(バイブル・メッセージ)
「題」 「さいわいな人」
聖書の箇所 「 マタイ福音書5章1~12節」 (日本聖書協会:口語訳聖書より引用)
5:1 イエスはこの群衆を見て、山に登り、座につかれると、弟子たちがみもとに近寄ってきた。 5:2 そこで、イエスは口を開き、彼らに教えて言われた。
5:3 「こころの貧しい人たちは、さいわいである、
天国は彼らのものである。
5:4 悲しんでいる人たちは、さいわいである、
彼らは慰められるであろう。
5:5 柔和な人たちは、さいわいである、
彼らは地を受けつぐであろう。
5:6 義に飢えかわいている人たちは、さいわいである、
彼らは飽き足りるようになるであろう。
5:7 あわれみ深い人たちは、さいわいである、
彼らはあわれみを受けるであろう。
5:8 心の清い人たちは、さいわいである、
彼らは神を見るであろう。
5:9 平和をつくり出す人たちは、さいわいである、
彼らは神の子と呼ばれるであろう。
5:10 義のために迫害されてきた人たちは、
さいわいである、
天国は彼らのものである。
5:11 わたしのために人々があなたがたをののしり、また迫害し、あなたがたに対し偽って様々の悪口を言う時には、あなたがたは、さいわいである。
5:12 喜び、よろこべ、天においてあなたがたの受ける報いは大きい。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。

ここで主は、キリスト者として身につけるべき性質を語られました。
1、こころの貧しい人
心が貧しいとは、自分はイエス様を通してでなければ神様の御前に出ることができない存在であることを心から知っていることです。
2、悲しんでいる人
悲しみとは深い同情心からくる悲しみを意味しています。これは罪人のために救いのみわざを成し遂げてくださった主の動機と同じ心です。柔和な人
柔和な人とは、重荷を負うて疲れている人の魂に安らぎを与えることができる人のことです。また柔和な人は自分の権利を主張しない人です。
3、義に飢えかわいている人
義に飢えかわくとは、神様への強い求めと言えます。同時に義が地上に実現することを心から願うことです。
4、あわれみ深い人
あわれみ深いとは、悩み苦しむ者の立場に立ち、その苦しみを自らの苦しみと感じて、具体的な関心を示して援助することです。
5、心の清い人
心の清いとは、神様の存在が不明瞭な状況に立たされても、どっちつかずにならず、一心に神様を神様とすることです。
6、平和をつくり出す人
平和をつくり出すとは、神様との間に平和をつくるのを助け、人と人との間に平和をもたらすことを援助することのできる性質です。
7、義のために迫害されてきた人
この世は神様の義から離れた人間の義が支配する社会です。この中で神様の義を実践するなら、この世の攻撃を免れることはできないのです。

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