H28.6.5主日礼拝

*聖書のお話し(バイブル・メッセージ)
「題」 「天を見上げる生涯」
聖書の箇所 「使徒 7:54~60」 (日本聖書協会:口語訳聖書より引用)

7:54 人々はこれを聞いて、心の底から激しく怒り、ステパノにむかって、歯ぎしりをした。
7:55 しかし、彼は聖霊に満たされて、天を見つめていると、神の栄光が現れ、イエスが神の右に立っておられるのが見えた。
7:56 そこで、彼は「ああ、天が開けて、人の子が神の右に立っておいでになるのが見える」と言った。
7:57 人々は大声で叫びながら、耳をおおい、ステパノを目がけて、いっせいに殺到し、 7:58彼を市外に引き出して、石で打った。これに立ち合った人たちは、自分の上着を脱いで、サウロという若者の足もとに置いた。
7:59 こうして、彼らがステパノに石を投げつけている間、ステパノは祈りつづけて言った、「主イエスよ、わたしの霊をお受け下さい」。
7:60 そして、ひざまずいて、大声で叫んだ、「主よ、どうぞ、この罪を彼らに負わせないで下さい」。こう言って、彼は眠りについた。

ステパノは知恵と信仰とに満ち、聖霊に満たされた人物として、教会の中で選ばれ、立てられた役員でした。彼は力強くキリストを宣べ伝えました。聖霊によって語るステパノに勝てないリベルテンの者たちが、偽りの証人を立て群衆を扇動し、ステパノをさばこうとしました。議会の中に立つステパノは聖霊に満ち、イスラエルの歴史をアラハムから説き、先祖たちと同様あなたがたもキリストに逆らい罪を満たしてきたと責めました。怒り狂った議会は、ステパノに向かって押し迫り、彼を石打ちにして殺そうとしました。ステパノは迫害の間祈りつつ、天が開かれ近づかれる栄光の主イエスを見ました。彼らの罪のゆるしを祈って霊を神の御手に委ねつつ殉教の死を遂げました。

1、ステパノの説教(1~53)
アブラハムから始めてイエス・キリストに至るまで旧約1千年の歴史を取り上げ、神の救いの歴史を語ります。アブラハム、ヨセフ、モーセ等を通して、神のイスラエルに対する愛とご真実を明らかにしました。しかし、一方で、神に愛されながら、先祖たちは不信仰を起こして神に逆らいってきたことや、今、その子孫であるあなたがたも同じことを行い、神が遣わされた主を十字架につけたことを鋭く指摘しました。それを聞いた人々は怒りと憎しでステパノに迫り石打にして殺したのです。

2、殉教者ステパノの祈り (54~60) 
①ステパノの顔の輝き
ステパノは、「彼らを赦してください」と迫害する者の赦しを祈り、「父よ、私の霊を委ねます」とその霊を神に委ね召されました。ステパノの祈りはまるで十字架のキリストのようです。それは、ステパノが殉教時にもひたすらキリストだけを仰ぎ、キリストとその栄光を目の当たりに見つめていたからです。
②天が開かれた人
ステパノが祈っているとき、天が開かれキリストを仰ぎ見ました。
「仰ぐ」とは、他の一切のものから目を離し、ひたすらキリストに目を注ぐことです。
「信仰の導き手であり、その完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか」(へブル12:2)

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