H28.2.28主日礼拝

*聖書のお話し(バイブル・メッセージ)
「題」 「キリストのまなざし」
聖書の箇所 「ルカ22:31~34、54~62」 (日本聖書協会:口語訳聖書より引用)
22:31 シモン、シモン、見よ、サタンはあなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って許された。
22:32 しかし、わたしはあなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈った。それで、あなたが立ち直ったときには、兄弟たちを力づけてやりなさい」。
22:33 シモンが言った、「主よ、わたしは獄にでも、また死に至るまでも、あなたとご一緒に行く覚悟です」。
22:34 するとイエスが言われた、「ペテロよ、あなたに言っておく。きょう、鶏が鳴くまでに、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」。
22:54 それから人々はイエスを捕え、ひっぱって大祭司の邸宅へつれて行った。ペテロは遠くからついて行った。
22:55 人々は中庭のまん中に火をたいて、一緒にすわっていたので、ペテロもその中にすわった。
22:56 すると、ある女中が、彼が火のそばにすわっているのを見、彼を見つめて、「この人もイエスと一緒にいました」と言った。
22:57 ペテロはそれを打ち消して、「わたしはその人を知らない」と言った。
22:58 しばらくして、ほかの人がペテロを見て言った、「あなたもあの仲間のひとりだ」。するとペテロは言った、「いや、それはちがう」。
22:59 約一時間たってから、またほかの者が言い張った、「たしかにこの人もイエスと一緒だった。この人もガリラヤ人なのだから」。
22:60 ペテロは言った、「あなたの言っていることは、わたしにわからない」。すると、彼がまだ言い終らぬうちに、たちまち、鶏が鳴いた。
22:61 主は振りむいてペテロを見つめられた。そのときペテロは、「きょう、鶏が鳴く前に、三度わたしを知らないと言うであろう」と言われた主のお言葉を思い出した。
22:62 そして外へ出て、激しく泣いた。

主イエスの捕縛は夜の出来事でしたが、主は霊的暗闇がこの時を覆っていると感じられました。(53) ユダの先導で下役や兵を引き連れた祭司長たちは闇の勢力です。しかし、弟子たちもまた暗闇の中にいました。主イエスはその場に立っておられます。弟子たちは「イエスを見捨てて逃げ去りました。(マルコ14:50)が、ペテロは遠く離れ敵の後について行きます。しかし、勇気あるペテロは、そこで主を「知らない」という者になってしまいました。

1、失敗の原因
主から遠く離れてついていったこと、主の弟子であることを隠して敵の交わりの中に座したこと、人のことばを恐れたこと、何より祈らず祈れず、高慢であったことがあります。失敗は急な出来事ではありません。信者が失敗し、贖ってくださった主を否定してしまうには、そこに至るプロセス(過程)が必ずあるのです。

2、ペテロの立ち直り
①主イエスの予測と祈り(31~34)
サタンが働く時を知っておられた主はペテロのために祈っておられました。主が十字架に架られる時、弟子たちもまた「サタンの、ふるいにかけられる」のです。しかし主は、そのために祈って挫折から立ち上がるための備えをして下さいました。さらに、立ち上がった時、今度は仲間を助けるよう命じておられます。
②主イエスのまなざし(61)
何もかも知っておられた主の目は、ペテロを責めておられません。あわれみといつくしみを注いでおられるのです。主のまなざしのゆえに、ペテロは泣きに泣きました。クリスチャン生活の中で挫折したことが無い人はいないと思います。神さまを信じ、イエス様の弟子になろうと受洗したのです。しかし、様々なことが起こってきて、いつの間にか主に信頼すること、主に従うことをやめてしまうことがあります。主は、そんな私たちを振り返って見つめられます。そして、赦しを与え、なお導こうとしておられます。信仰が堅固になり、人として成長成熟していくことができるのは、この主のまなざしがあるからです。

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