H27.10.4主日礼拝

*聖書のお話し(バイブル・メッセージ) 「題」 「愚かな生き方」
聖書の箇所 「ルカ 12:13~21」 (日本聖書協会:口語訳聖書より引用)
12:13 群衆の中のひとりがイエスに言った、「先生、わたしの兄弟に、遺産を分けてくれるようにおっしゃってください」。
12:14 彼に言われた、「人よ、だれがわたしをあなたがたの裁判人または分配人に立てたのか」。
12:15 それから人々にむかって言われた、「あらゆる貪欲に対してよくよく警戒しなさい。たといたくさんの物を持っていても、人のいのちは、持ち物にはよらないのである」。
12:16 そこで一つの譬を語られた、「ある金持の畑が豊作であった。
12:17 そこで彼は心の中で、『どうしようか、わたしの作物をしまっておく所がないのだが』と思いめぐらして
12:18 言った、『こうしよう。わたしの倉を取りこわし、もっと大きいのを建てて、そこに穀物や食糧を全部しまい込もう。
12:19 そして自分の魂に言おう。たましいよ、おまえには長年分の食糧がたくさんたくわえてある。さあ安心せよ、食え、飲め、楽しめ』。
12:20 すると神が彼に言われた、『愚かな者よ、あなたの魂は今夜のうちにも取り去られるであろう。そしたら、あなたが用意した物は、だれのものになるのか』。
12:21 自分のために宝を積んで神に対して富まない者は、これと同じである」。

主イエスが語っておられると、突然、群衆の一人が遺産分けの問題を持ち出しました。主は、その人の心を見抜いて警告され、そして「愚かな者」のたとえを語り出されました。
「あらゆる貪欲に対してよくよく警戒しなさい。たといたくさんのものを持っていても、人のいのちは、持ち物にはよらないのである。」(15) 
人間の<貪欲>、物質至上主義に警告しておられます。

1、貪欲にく警戒しなさい
①人は貪欲に支配されやすい
十戒に「殺すな、姦淫するな、盗むな」の戒めがあり、その十番目は「貪るな」です。貪り(貪欲)は外には現れませんが、この<貪り>が殺しや姦淫、盗みなどを次々生じさせる心の思いです。貪りの誘惑はイエス様にも来ました。(マタイ4:8,9)どんな人にもこの誘惑がきます。「むさぼり」とは何か、それは「もっとほしいと思う心」です。すでにあるにもかかわらず、もっと欲しいのです。もっと欲しいものは物欲と肉欲です。それなりに満たされているが、もっと欲しい、それが貪欲です。今、多くの人が男女関係、お金の貸し借りなどに無防備になっています。
②富が神にとって代わる
金持ちは、一番頼りになるのは自分の蓄えだと思い、「安心せよ」と自分に言い聞かせます。<たくさんの蓄え>言い換えれば<富>が人間に安心をもたらすと考えました。主は<富><神>にとって代わる危険を指摘されています。「あなたがたは、神と富(マモン)とに兼ね仕えることはできない。」(マタイ6・24)富は神となって人を支配します。

2、愚かな者とは
 ①「愚か者」とは神を敬わない人
 この農夫は、豊作を得て倉を立て一生懸命努力して成功します。しかし、彼は「わたしの作物、わたしの倉、わたしの穀物、自分の魂」(18、19)と言って神の恩恵を全く受け入れず、神を敬うことのない傲慢な人間でした。
死がいつ来るかわからない人(20)
「あなたの魂は今夜のうちにも取り去られる」 どんな富も人を滅びから救うことはできません。そして、死は「今夜!」いつ来るかわからないのです。

3、神に向かって恵みの中を
 貪欲は様々な物、方法で入り込みます。警戒するだけでなく神に目を向け、神に従って恵みの中を歩む、祈りと礼拝生活、感謝の歩みすることです。

たといたくさんの物を持っていても、人のいのちは、持ち物にはよらないのである。 ルカ12:15

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