H27.9.27主日礼拝

*聖書のお話し(バイブル・メッセージ) 「題」 「内面のきよめ」
聖書の箇所 「ルカ 10:38~42」 (日本聖書協会:口語訳聖書より引用)
11:37 イエスが語っておられた時、あるパリサイ人が、自分の家で食事をしていただきたいと申し出たので、はいって食卓につかれた。
11:38 ところが、食前にまず洗うことをなさらなかったのを見て、そのパリサイ人が不思議に思った。
11:39 そこで主は彼に言われた、「いったい、あなたがたパリサイ人は、杯や盆の外側をきよめるが、あなたがたの内側は貪欲と邪悪とで満ちている。
11:40 愚かな者たちよ、外側を造ったかたは、また内側も造られたではないか。
11:41 ただ、内側にあるものをきよめなさい。そうすれば、いっさいがあなたがたにとって、清いものとなる。
11:42 しかし、あなた方パリサイ人は、わざわいである。はっか、うん香、あらゆる野菜などの十分の一を宮に納めておりながら、義と神に対する愛とをなおざりにしている。それもなおざりにはできないが、これは行わねばならない。
11:43 あなたがたパリサイ人は、わざわいである。会堂の上席や広場での敬礼を好んでいる。
11:44 あなたがたは、わざわいである。人目につかない墓のようなものである。その上を歩いても人々は気づかないでいる」。

私たちの心の中にはいろいろなものが渦巻くことがあります。それは良い思いやきよいこころだけではありません。私たちは主イエスを信じ洗礼を受け、心が洗いきよめられました。しかし、それで終わりではなく、主は「内側にあるものを、たえずきよめていきなさい」と言われます。 主が、あるパリサイ人の家に食事に招かれた時、食事の前に手を洗われなかったのを見てパリサイ人は不思議に思いました。(38)手をきよめるのは宗教上の儀式です。主は「あなたがたパリサイ人はわざわいだ。杯や盆の外側をきよめるが、あなたがたの内側は貪欲と邪悪で満ちている。」(39)と言われます。

1、人の内側が問題
「あなたがたの内側は貪欲と邪悪とで満ちている」(39)と、 うわべばかりを立派に装って誇っているパリサイ人の内側を衝かれたのです。まず、彼らの形式的なささげ物です。(42)神に収入の十一を忠実に納めていな がら、その律法の中身である義と神に対する愛をなおざりにしていたのです。(ミカ6・6)第2の点は、彼らの見栄や虚栄です。彼らは会堂の上席に着くこと 広場で敬礼を受けることが大好きでした。それで自分が偉い人間であるかのように思いあがっていたのです。見栄や虚栄を捨て、神と人の前にへりくだりなさい と主は言われます。さらに、彼らは「白く塗った墓」のようで、気付かずに人々に自分たちの汚れをもたらしていると指摘されました。私たちは、人に対して神 に対して誠実であり、見栄や虚栄心の自己中心を捨てて神と人の前に謙り謙遜なものであり、私たちの振る舞いが知らずに他人を汚していることがあることを 知っているべきであることを指摘されました。

2、内側をきよめるお方
神様は外側だけでなく内側もお造りになりました。汚れた内側を造り変えてくださいます。内側がきよまるとすべての行為がきよくなり、日毎にきよめられ、新しくされていくのです。「ただ、内側にあるものをきよめなさい。そうすれば、いっさいがあなたがたにとって、清いものとなる。」(41) →Ⅱテモテ2・20~21

ただ、内側にあるものをきよめなさい。  ルカ11:41

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