H27.7.26主日礼拝

*聖書のお話し(バイブル・メッセージ)
「題」 「心を見られる神」
聖書の箇所 「サムエル上15::1~9、18~23」 (日本聖書協会:口語訳聖書より引用)

16:6 彼らがきた時、サムエルはエリアブを見て、「自分の前にいるこの人こそ、主が油をそそがれる人だ」と思った。
16:7 しかし主はサムエルに言われた、「顔かたちや身のたけを見てはならない。わたしはすでにその人を捨てた。わたしが見るところは人とは異なる。人は外の顔かたちを見、主は心を見る」。
16:8 そこでエッサイはアビナダブを呼んでサムエルの前を通らせた。サムエルは言った、「主が選ばれたのはこの人でもない」。
16:9 エッサイはシャンマを通らせたが、サムエルは言った、「主が選ばれたのはこの人でもない」。
16:10 エッサイは七人の子にサムエルの前を通らせたが、サムエルはエッサイに言った、「主が選ばれたのはこの人たちではない」。
16:11 サムエルはエッサイに言った、「あなたのむすこたちは皆ここにいますか」。彼は言った、「まだ末の子が残っていますが羊を飼っています」。サムエルはエッサイに言った、「人をやって彼を連れてきなさい。彼がここに来るまで、われわれは食卓につきません」。
16:12 そこで人をやって彼をつれてきた。彼は血色のよい、目のきれいな、姿の美しい人であった。主は言われた、「立ってこれに油をそそげ。これがその人である」。
16:13 サムエルは油の角をとって、その兄弟たちの中で、彼に油をそそいだ。この日からのち、主の霊は、はげしくダビデの上に臨んだ。そしてサムエルは立ってラマへ行った。

 

人はどうしても第一印象に支配されやすいものですが、主は人の心の内をご覧になります。

1、人の見るところ
神はサウルに変わる新しい王を選んだので、その王に油注ぎをするようサムエルに言われました。サムエルが、ベツレヘムのエッサイの家に着いてエッサイの息子を見た時、直感的に神が選ばれたのは長男エリアブであると思いました。彼は背が高く、外見的に王者の風格があったのです。父エッサイもそう思いました。しかし、主は、サムエルに、「わたしが見るところは人とは異なる。人は外の顔かたちを見、主は心を見る」と言われました。兄息子たちが次々にサムエルの前を通りましたが、神の選びは彼らではありませんでした。

2、心を見られる神
そこで、サムエルはエッサイに「あなたの息子たちはみなここにいますか」と尋ねると、エッサイは「まだ、末の子がのこっていますが羊をかっています」と答えました。その末の子はエッサイの家では、気に留められることもないほどの存在であったのです。その子こそ、後のイスラエルの偉大な王、英雄ダビデでした。神が、人をお選びになる時、人間の考えることや外見や身分とは全く異なります。人は自分の目に従ってものを見ますが、神はご自分の心に従って見られるのです。主はダビデのどんな心を見られたのでしょうか。

3、主が尊ばれる心
 先に、主はサウロの心を見られ、サウロを捨てられました。そして、ダビデの心を見られ、ダビデを新しい王に選ばれたのです。イスラエルの最初の王として選ばれたサウルは神のみこころに従うことができませんでした。サウルが失いダビデが持っていた心はとは
①神に信頼し、従う従順な心 
②悔い砕かれた心、謙った謙遜な心です。

ダビデも完全な人間でなく、多くの失敗をしました。しかし、彼はいつも神の御手の中で悔いくずおれ、神に全く信頼することをしたのです。彼は、生涯“神に愛される人”と呼ばれ、来るべきメシヤの先祖となったのです。神が、見られるのはこのダビデにあったこころなのです。

人は外の顔かたちを見、主は心を見る。 サムエル上16:7

プログラム 時間 音声
前奏 0:37

賛美:天地(あめつち)こぞりて 0:43

交読:22 詩篇65篇 2:23

主の祈り 0:51

使徒信条 1:04

賛美9: 力の主を 3:24

聖書 サムエル上16:6~13 1:55

賛美:349 移りゆく時の間も 2:38

説教:心を見られる神

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賛美340:救い主イエスと 2:45

感謝の祈り 1:15

頌栄63: 父御子御霊の 1:34

 

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