H27.6.28主日礼拝

*聖書のお話し(バイブル・メッセージ)
「題」 「
岩を土台とする生涯
聖書の箇所 「マタイ7:24~27」 (日本聖書協会:口語訳聖書より引用)

7:24 それで、わたしのこれらの言葉を聞いて行うものを、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができよう。
7:25 雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけても、倒れることはない。岩を土台としているからである。
7:26 また、わたしのこれらの言葉を聞いても行わない者を、砂の上に自分の家を建てた愚かな人に比べることができよう。
7:27 雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけると、倒れてしまう。そしてその倒れ方はひどいのである」。
7:28 イエスがこれらの言を語り終えられると、群衆はその教にひどく驚いた。
7:29 それは律法学者たちのようにではなく、権威ある者のように、教えられたからである。

マタイ5章から始まる一連の<山上の教え>を締めくくるのが今日のたとえです。

1、人生は家を建てるようなものである
よい人生建築をするためには堅固な土台が必要であると言われます。主は<岩>を土台として家を建てる人と、<砂>を土台として建てる人について語られました。「雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家を打ちつける」とは、雨、洪水、風と三重の災害が一気に襲うことです。主を信じる私たちにも様々な人生の嵐に遭う試練や苦難があり、終わりの日のさばきがやってきます。そのような嵐に備え人生の土台を築くために堅固な岩を見出してその上に建てるか、それとも安易に砂の上に建てるかは、決定的な選択であり重大な結果となってきます。

2、みことばを聞いて、行う
確かな人生の土台を岩の上に据えて築くとはどういうことでしょうか。主は、「わたしのこれらの言葉を聞いて行うものを、岩の上に自分の家を建てた賢い人である」と言われました。<岩>とは、主のお言葉、主ご自身です。(1コリ3・11)岩の上に家を建てるとは、主のおことばを聞いて行うことであり、聞いて行うとは、みことばに従うこと、聴従することです。ルカによる福音書では、「地を深く掘り、岩の上に土台を据える」(6・48)とあります。砂を堀り下げ、岩を見出す努力が必要です。それは、御言を掘り下げ、自分の生活に適応し、従うことです。そして、御言に生きることです。やがて、試練の時がやって来ます。表面だけの信仰は大変危険です。いつも教えられていながら主に従うことをせず、自分の思いのまま自分勝手な信仰生活を続けているのは、極めて危険なことになります。日々、御言を聞き行うという生き方(掘り下げる努力)を身に着け、みことばを生きるという確かな信仰生活、生涯を送るものにさせていただきましょう。
「心に植え付けられている御言を、素直に受け入れなさい。御言には、あなたがたのたましいを救う力がある。そして、御言を行う人になりなさい。おのれを欺いて、ただ聞くだけの者となってはいけない。」(ヤコブ1・19~25)

わたしのこれらの言葉を聞いて行うものを、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができよう。 マタイ7:24

プログラム 時間 音声
前奏 0:45
賛美:天地(あめつち)こぞりて 0:41
交読:19 詩篇51篇 2:33
主の祈り 0:54
使徒信条 1:04
賛美4: 子羊をば 2:46
聖書 マタイ7:24~27 0:52
賛美:386 ナルドの香油 2:41
説教:岩を土台とする生涯 10:00

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13:00

賛美308:高き岩よ 2:54
感謝の祈り 1:18
頌栄63: 父御子御霊の 1:28

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