H27.5.10主日礼拝

*聖書のお話し(バイブル・メッセージ)
「題」 「神のみわざの始まり・心を注ぎだす祈り」
聖書の箇所 「サムエル上1:1~20」 (日本聖書協会:口語訳聖書より引用)

1:1 エフライムの山地のラマタイム・ゾピムに、エルカナという名の人があった。エフライムびとで、エロハムの子であった。エロハムはエリウの子、エリウはトフの子、トフはツフの子である。
1:2 エルカナには、ふたりの妻があって、ひとりの名はハンナといい、ひとりの名はペニンナといった。ペニンナには子どもがあったが、ハンナには子どもがなかった。
1:3 この人は年ごとに、その町からシロに上っていって、万軍の主を拝し、主に犠牲をささげるのを常とした。シロには、エリのふたりの子、ホフニとピネハスとがいて、主に仕える祭司であった。
1:4 エルカナは、犠牲をささげる日、妻ペニンナとそのむすこ娘にはみな、その分け前を与えた。
1:5 エルカナはハンナを愛していたが、彼女には、ただ一つの分け前を与えるだけであった。主がその胎を閉ざされたからである。
1:6 また彼女を憎んでいる他の妻は、ひどく彼女を悩まして、主がその胎を閉ざされたことを恨ませようとした。
1:7 こうして年は暮れ、年は明けたが、ハンナが主の宮に上るごとに、ペニンナは彼女を悩ましたので、ハンナは泣いて食べることもしなかった。
1:8 夫エルカナは彼女に言った、「ハンナよ、なぜ泣くのか。なぜ食べないのか。どうして心に悲しむのか。わたしはあなたにとって十人の子どもよりもまさっているではないか」。
1:9 シロで彼らが飲み食いしたのち、ハンナは立ちあがった。その時、祭司エリは主の神殿の柱のかたわらの座にすわっていた。
1:10 ハンナは心に深く悲しみ、主に祈って、はげしく泣いた。
1:11 そして誓いを立てて言った、「万軍の主よ、まことに、はしための悩みをかえりみ、わたしを覚え、はしためを忘れずに、はしために男の子を賜わりますなら、わたしはその子を一生のあいだ主にささげ、かみそりをその頭にあてません」。
1:12 彼女が主の前で長く祈っていたので、エリは彼女の口に目をとめた。
1:13 ハンナは心のうちで物を言っていたので、くちびるが動くだけで、声は聞えなかった。それゆえエリは、酔っているのだと思って、
1:14 彼女に言った、「いつまで酔っているのか。酔いをさましなさい」。
1:15 しかしハンナは答えた、「いいえ、わが主よ。わたしは不幸な女です。ぶどう酒も濃い酒も飲んだのではありません。ただ主の前に心を注ぎ出していたのです。
1:16 はしためを、悪い女と思わないでください。積る憂いと悩みのゆえに、わたしは今まで物を言っていたのです」。
1:17 そこでエリは答えた、「安心して行きなさい。どうかイスラエルの神があなたの求める願いを聞きとどけられるように」。
1:18 彼女は言った、「どうぞ、はしためにも、あなたの前に恵みを得させてください」。こうして、その女は去って食事し、その顔は、もはや悲しげではなくなった。
1:19 彼らは朝早く起きて、主の前に礼拝し、そして、ラマにある家に帰って行った。エルカナは妻ハンナを知り、主が彼女を顧みられたので、
1:20 彼女はみごもり、その時が巡ってきて、男の子を産み、「わたしがこの子を主に求めたからだ」といって、その名をサムエルと名づけた。

 サムエルは旧約聖書の中で最も偉大な人物のひとりです。彼は最後の士師で最初の預言者です。この偉大な神の人は母の祈りによって世に送り出され、神のみわざを実現する者となりました。ハンナの祈りの中に、祈りの本質とも言うべきことを学びます。

1、心を注ぎ出す
 ハンナは子が与えられない悩みと苦しみの中で、主の前に祈りへと向かいました。「ハンナの心は痛んでいた。彼女は主に祈って、激しく泣いた。」(10)一心不乱に祈る姿を、祭司エリは酔っているのだと思いました。咎められたハンナは「私は主の前に、私の心を注ぎだしていたのです。」と答えます。「心」は「熱い息」の意味で、生きて活動している人間、そのいのちを指します。ハンナは、そのいのちを神の御前に注ぎ出していました。「注ぎ出す」とは、空っぽにする、全部を与えることです。キリストがご自分のいのちの全部を与え尽くされたように、このお方の前に魂を注ぎ出します。このお方だからこそ、その御前に自分のどんな苦しみや悲しみをも注ぎ出すことができるのです。
「民よ、いかなるときにも、あなたがたの心を 御前に注ぎだせ」 (詩篇62・8)

2、願い、渡す
 「万軍の主よ。もしあなたが、はしための悩みを顧みて、私を心に留め、このはしためを忘れず、このはしために男の子を授けてくださいますなら、私はその子の一生を主におささげします。」(11) 信仰深い母親の祈り、しかも犠牲の伴った祈りです。後にハンナは、誓いどおり乳離れした子を神殿に連れていきます。「主は私がお願いしたとおり、私の願いをかなえてくださいました。それで私もまた、この子を主にお渡しいたします。」(26~28)
願うということは、主にささげ、主にお渡しするという 信仰姿勢なのです。

3、顔つきが変わる
 「彼女の顔は、もはや以前の様ではなかった」(18) 祈りにおいて、私たちが人生の寂しさ、悲しみ、悩みを主に委ね、お渡しするとき、主は私たちの顔を変えてくださいます。祈ることで、すべてがきれいに解決するわけではありません。しかし、主に注ぎ出すことで、悩みを抱えたまま、私たちの顔つきが変えられていくのです。

安心して行きなさい。どうかイスラエルの神があなたの求める願いを聞きとどけられるように サムエル上1:17

プログラム 時間 音声
前奏 0:35

賛美:天地(あめつち)こぞりて 0:46

交読14 詩篇37篇 1:27

主の祈り 0:54

使徒信条 1:09

賛美137: 聖なる 聖なる

3:27

聖書 サムエル上1:1~20 4:27

賛美190:静けき祈りの 3:15

説教:神のみわざの始まり

10:00

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 9:27

賛美190:祈れ物事 2:55

感謝の祈り 2:09

頌栄63: 父御子御霊の 1:39

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