H27.2.22主日礼拝

*聖書のお話し(バイブル・メッセージ)
「題」 「仕える生き方」
聖書の箇所 「マタイ20:20~28」 (日本聖書協会:口語訳聖書より引用)

20:20 そのとき、ゼベダイの子らの母が、その子らと一緒にイエスのもとにきてひざまずき、何事かをお願いした。
20:21 そこでイエスは彼女に言われた、「何をしてほしいのか」。彼女は言った、「わたしのこのふたりのむすこが、あなたの御国で、ひとりはあなたの右に、ひとりは左にすわれるように、お言葉をください」。
20:22 イエスは答えて言われた、「あなたがたは、自分が何を求めているのか、わかっていない。わたしの飲もうとしている杯を飲むことができるか」。彼らは「できます」と答えた。
20:23 イエスは彼らに言われた、「確かに、あなたがたはわたしの杯を飲むことになろう。しかし、わたしの右、左にすわらせることは、わたしのすることではなく、わたしの父によって備えられている人々だけに許されることである」。
20:24 十人の者はこれを聞いて、このふたりの兄弟たちのことで憤慨した。
20:25 そこで、イエスは彼らを呼び寄せて言われた、「あなたがたの知っているとおり、異邦人の支配者たちはその民を治め、また偉い人たちは、その民の上に権力をふるっている。
20:26 あなたがたの間ではそうであってはならない。かえって、あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、仕える人となり、
20:27 あなたがたの間でかしらになりたいと思う者は、僕とならねばならない。
20:28 それは、人の子がきたのも、仕えられるためではなく、仕えるためであり、また多くの人のあがないとして、自分の命を与えるためであるのと、ちょうど同じである」。

 主イエスが三回目の十字架(復活)の予告をされた時、弟子たちは神の国が近づいていることを察知しました。その時、ゼベダイの子らの母が主のもとに来て「我が子を、神の国実現の暁には、あなたの右左につけてやってください」と願いました。主は、神の国について何もわかっておらず、神の国で右左につけるのは父であり、その彼らは「私の杯を飲むことになる」とも言われました。このことを聞いた他の弟子たちは憤慨しました。彼らもまた同じことを願っていたからです。

 たしかに、主は神の国のために地上のものをことごとく捨てる者は、天において大きな祝福を受けると言われました。(19:27~29) 弟子たちは神の国が実現する時の大きな報い栄光を願っていたのです。しかし、彼らは大きな間違いをしていました。神の国は地上的繁栄の国ではなく、また、先に、神の国に入るには「幼子のようにならなければ・・」(18:4)と主が言われたことを悟っていませんでした。

 そこで主は、再度、神の国とその支配原理を明らかにされました。「異邦人の支配者たちはその民を治め、また偉い人たちは、その民の上に権力をふるっている。あなたがたの間ではそうであってはならない。かえって、あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、仕える人となり、あなたがたの間でかしらになりたいと思う者は、僕とならねばならない。」(26~27)  

 主は、ご自身をその模範として示されました。「人の子が来たのも、仕えられるためではなく、仕えるためであり、また多くの人のあがないとして、自分の命を与えるためである。」(28)主のご生涯はまさしく徹底して仕える者の歩みであり、そのクライマックスはご自分の命を十字架の上に犠牲としてささげることでした。イザヤが「苦難のしもべ」(53章)について預言していたとおりです。この主を告白する者は、その生き方が定められてきます。神の国の価値観に立って、この世の生き方とは異なる原理に生きることであり、主に倣って神と人の前に謙り、人々の僕として徹底して仕える生き方をすることです。

人の子がきたのも、仕えられるためではなく、仕えるためであり、
また多くの人のあがないとして、自分の命を与えるためである。 マタイ20:28

プログラム 時間 音声
前奏 0:37

賛美:天地(あめつち)こぞりて 0:48

交読:6 詩篇22篇 3:05

主の祈り 0:48

使徒信条 1:09

賛美9: 力の主を

2:41

聖書 マタイ20:20~28 2:36

賛美:386 ナルドの香油 3:06

説教:使える生き方

10:00

10:00

10:00

10:00

10:00

13:25

賛美385:主よ終わりまで 3:09

感謝の祈り 1:50

頌栄63: 父御子御霊の 1:34

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