H26.11.2主日礼拝

*聖書のお話し(バイブル・メッセージ)
「題」 「荒野で与えられた食物」
聖書の箇所 「出エジプト16:31~36」 (日本聖書協会:口語訳聖書より引用)

16:31 イスラエルの家はその物の名をマナと呼んだ。それはコエンドロの実のようで白く、その味は蜜を入れたせんべいのようであった。
16:32 モーセは言った、「主の命じられることはこうである、『それを一オメルあなたがたの子孫のためにたくわえておきなさい。それはわたしが、あなたがたをエジプトの地から導き出した時、荒野であなたがたに食べさせたパンを彼らに見させるためである』と」。
16:33 そしてモーセはアロンに言った「一つのつぼを取り、マナ一オメルをその中に入れ、それを主の前に置いて、子孫のためにたくわえなさい」。
16:34 そこで主がモーセに命じられたように、アロンはそれをあかしの箱の前に置いてたくわえた。
16:35 イスラエルの人々は人の住む地に着くまで四十年の間マナを食べた。すなわち、彼らはカナンの地の境に至るまでマナを食べた。
16:36 一オメルは一エパの十分の一である。

エジプトを脱出した民は、エリㇺとシナイの間にあるシンの荒野まで来ました。エジプトの地を出てから1カ月半がたっていました。そこで彼らが直面した問題は食物でした。

1、荒野の試み・・・試みの中で民の反応
 荒野は人間が生るには実に厳しい環境です。 100万を超える民が生活をするのは、全く不可能です。答えは、荒野に導かれた神様にあります。しかし、民は、モーセにつぶやき反抗したのです。(3)彼らは、エジプトの奴隷生活の苦しみや屈辱をすっかり忘れ、つぶやき不平を言い反抗したのです。荒野という環境で、人間の本質がさらけ出ます。彼らの不信、不平、反逆の肉性が現れました。

2、神の備え・・・ 天からのパンの供給
 神は彼らに応え天からのパン、マナを与えられました。マナは、荒野を行く間、民のために備えられた天来の食物でした。一日一オメルは一人の一日分の糧でした。主のことばに反し沢山集めまると、マナは腐ってしまいました。今日のマナはあるかとの心配、不安にもかかわらず、マナは、一日も欠くことなく荒野の40年間、滞ることはなかったのです。 主よ、「日毎の糧を今日も与えたまえ!」

3、この天からのパンの奇跡は、私たちに何を教えているのでしょうか。
①神は、私たちの荒野の生活における日々の糧、一切の必要を満たしてくださるお方 神に信頼して生きる者のためには、生活の糧の一切を神が心配してくださいます。「まず神の国と神の義を求め」て生きることが許されるのです。(マタイ6:33)
②イエス様は「わたしはいのちのパンである」と言われました(ヨハネ6:35) 主イエスこそ天からのマナ、神が下さるパンです。主ご自身をうちにいただき、その口からでるみ言葉によって<霊の糧>をいただき、日々養われて生きるのです。「人は、パンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つのことばによって生きるものである。」(マタイ4:4) 荒野の生活を今週も、生きて行きます。神に信頼して生きる者には、神ご自身が霊肉の一切の必要を心配してくださいます。主からの霊、肉の豊かな養いを受け、日々遣わされていきましょう。

人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言で生きるものである。 マタイ4:4

プログラム 時間 音声
前奏 0:39

賛美:天地(あめつち)こぞりて 0:45

交読:33 詩篇104 2:15

主の祈り 0:50

使徒信条 1:05

賛美37 主よ命の言葉を 1:41

聖書 出エジプト16:31~36 1:25

賛美257: キリストは生きておられる 3:54

説教:荒野で与えられた食物

10:00

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 8:48

賛美204:わが友にます 3:19

感謝の祈り 1:55

頌栄63: 父御子御霊の 1:33

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