H26.10.19 第2回オープン・チャーチ

*聖書のお話し(バイブル・メッセージ)
「題」 「傷ついた葦を折ることなく」
聖書の箇所 「イザヤ 42:1~4」 (日本聖書協会:口語訳聖書より引用)

42:1 わたしの支持するわがしもべ、わたしの喜ぶわが選び人を見よ。わたしはわが霊を彼に与えた。彼はもろもろの国びとに道をしめす。
42:2 彼は叫ぶことなく、声をあげることなく、その声をちまたに聞えさせず、
42:3 また傷ついた葦を折ることなく、ほのぐらい灯心を消すことなく、真実をもって道をしめす。
42:4 彼は衰えず、落胆せず、ついに道を地に確立する。海沿いの国々はその教を待ち望む。

「傷ついた葦」、「ほの暗い灯心」は、いまにも折れてしまい、火が消えかかっているという、どちらも弱いあやういものを表わしています。しかし、それは決して折られることなく、消えてしまうことがないのです。「葦」は、川や湖に生えている植物ので、湿気のあるところどこでも育ちます。葦は人間に例えられています。

1、葦自体は弱いもの
風が吹いてもなびき、力を加えればそこから折れます。まして、「傷ついた葦」は、なおさら弱く折れやすいのです。人間が無力であり、弱い人間性を表わしています。肉体的にも、精神的にはなおさら弱くもろいものです。

2、葦の優れた面
葦は弱いが何かを秘めた植物であり、用い方によっては役立つ素らしい存在です。葦は柔軟で丈夫なためいろいろな細工物に用いられ、パピルス(かみぐさ)は、紙の材料となり、定規として1本6キュビトの長さの単位として用いられました。「葦」は、ありふれた、弱い植物ですが、多くの大切な役割を果たす無くてならないすぐれた植物なのです。「人間は、ひとくきの葦にすぎない。自然の中でも最も弱いものである。しかし、それは<考える葦>である。」(パスカル)

3、生かす神
聖書の中に出て来る偉大な人物は、ほとんど例外なく失敗をしています。恥ずかしい罪を犯し、道を踏み外しています。それは、私たち人間が、完璧なようで、あくまでも罪ふかいく、何でもできるように見えて、実は弱いことを明らかにしているのです。しかし、人間はどんな失敗を犯しても、愚かさや弱さのゆえに悪を行っても、それで人生が終わり、それでその人間は駄目ということは決してなく、わたしたちが自分の弱さを認め、失敗と悪を心から悔い砕かれて、神を信頼していくなら、神はその失敗と悪を赦し、私たちを強めて新しくし、立ち上がらせて下さるのだということを、教えているのです。どんな失敗の人生でも、神様は、カット!とは言われません。必ずそこから立ち直らせて、良い人生に、幸いな生涯に立て直し、生かしてくださるのです。

傷ついた葦を折ることなく、ほのぐらい灯心を消すことなく   イザヤ42:3

プログラム 時間 音声
Ⅰ、賛美歌を歌おう    
 (1)♪481:祈ってごらんよ、わかるから 2:10

 (2)♪233:驚くばかりの 4:01

 (3)♪主の愛が今 5:13

 (4)私の信仰紹介 13:52

 (5)オカリナによる演奏&賛美    
   新聖歌420:雨を降り注ぎ
4:01

 (6)主の祈り 0:58

Ⅱ、聖書のお話し

 

イザヤ 42:1~4

 

(1) 傷ついた葦を折ることな

10:00

10:00

10:00

 6:50

 (2)賛美209: 慈しみ深き 2:29

(3)感謝献金 2:06

 (4)賛美165:栄光イエスにあれ
 (5)祝福の祈り
1:29

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