H26.8.17 第1回オープン・チャーチ

 *聖書のお話し(バイブル・メッセージ)
「題」 「すべての人の本分」
聖書の箇所  「伝道の書 12:13」
 (日本聖書協会:口語訳聖書より引用)
12:13 事の帰する所は、すべて言われた。すなわち、神を恐れ、その命令を守れ。これはすべての人の本分である。

 「本分」というのは、いかにも古い時代の、いかめしいことばです。「本分」を説明するなら「その人にとって第1義的なもの、その人からそれをとったらその人でなくなってしまうもの、さらにいうなら“その人をして、その人たらしめるもの”」ということが出来るでしょうか。では、「人間としての本分」とは、何でしょうか。人間として第1義的なもの、人間をして人間たらしめるものが一体何なのかということを 考えることは、非常に大切なことであると思います。冒頭の聖書のことばによるなら、神を恐れること、その命令(神のことば)を守ることだと言います。 

1、人の本分とは
 これは「栄華を極めたソロモン」として有名な、イスラエルの王であった人物のことばです。ソロモンは、人間がやってみたいと思うことは何でもなし、手に入れたいと思う者はすべて手に入れ、人間の可能性と欲望をぎりぎりまで経験した不思議な人物でした。自分のやっていることは愚かだと思っても、「短い一生の間、天の下でする事について何がよいかを見るまでは何でもやってみた」と言っています。イスラエルの全盛期を築き上げた偉大な王であった彼は、軍事力を持ち、あまたの詩や箴言を集めて彼自身も歌を詠み、壮大な神殿や王宮を建て地中海貿易を盛んに行い莫大な富を得、快楽を究めました。その結果、彼が結論づけたのは「空の空、すべては空である」との虚しい告白でした。そうした人生遍歴の後「事の帰するところ」人間の本分とは「神を恐れ、その命令を守ることである」との結論に達したのです。

2、「神を恐れる」とは 
 びくびくする事ではなく、神を神として認め、敬って生きることです。 これは神に造られ生かされている人間が、まず第1になすべきことではないでしょうか。また、その本分に生きるところに人の幸いの保証があるのです。わたし が、天地万物の創造者、唯一の生ける神、天の父を信頼し、キリストの救いを信じた時、不思議な平安と共に、「ああ、これで人間らしくなったと思ったので す。 「事の帰する所は、すべて言われた。すなわち、神を恐れ、その命令を守れ。これはすべての人の本分である。」 伝道12:13 

神を恐れ、その命令を守れ。これはすべての人の本分である。 伝道の書12:13

プログラム 時間 音声
聖書 伝道の書12:13 1:55

説教:すべての人の本分

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