H26.8.3主日礼拝

*聖書のお話し(バイブル・メッセージ)
「題」 「アブラハムのとりなし」
聖書の箇所 「創世記18:16~33」 (日本聖書協会:口語訳聖書より引用)

18:16その人々はそこを立ってソドムの方に向かったので、アブラハムは彼らを見送って共に行った。
18:17時に主は言われた、「わたしのしようとする事をアブラハムに隠してよいであろうか。
18:18 アブラハムは必ず大きな強い国民となって、地のすべての民がみな、彼によって祝福を受けるのではないか。
18:19 わたしは彼が後の子らと家族とに命じて主の道を守らせ、正義と公道とを行わせるために彼を知ったのである。これは主がかつてアブラハムについて言った事を彼の上に臨ませるためである」。
18:20 主はまた言われた、「ソドムとゴモラの叫びは大きく、またその罪は非常に重いので、
18:21 わたしはいま下って、わたしに届いた叫びのとおりに、すべて彼らがおこなっているかどうかを見て、それを知ろう」。
18:22 その人々はそこから身を巡らしてソドムの方に行ったが、アブラハムはなお、主の前に立っていた。
18:23 アブラハムは近寄って言った、「まことにあなたは正しい者を、悪い者と一緒に滅ぼされるのですか。
18:24 たとい、あの町に五十人の正しい者があっても、あなたはなお、その所を滅ぼし、その中にいる五十人の正しい者のためにこれをゆるされないのですか。
18:25 正しい者と悪い者とを一緒に殺すようなことを、あなたは決してなさらないでしょう。正しい者と悪い者とを同じようにすることも、あなたは決してなさらないでしょう。全地をさばく者は公義を行うべきではありませんか」。 18:26 主は言われた、「もしソドムで町の中に五十人の正しい者があったら、その人々のためにその所をすべてゆるそう」。
18:27 アブラハムは答えて言った、「わたしはちり灰に過ぎませんが、あえてわが主に申します。
18:28 もし五十人の正しい者のうち五人欠けたなら、その五人欠けたために町を全く滅ぼされますか」。主は言われた、「もしそこに四十五人いたら、滅ぼさないであろう」。
18:29 アブラハムはまた重ねて主に言った、「もしそこに四十人いたら」。主は言われた、「その四十人のために、これをしないであろう」。
18:30 アブラハムは言った、「わが主よ、どうかお怒りにならぬよう。わたしは申します。もしそこに三十人いたら」。主は言われた、「そこに三十人いたら、これをしないであろう」。
18:31 アブラハムは言った、「いまわたしはあえてわが主に申します。もしそこに二十人いたら」。主は言われた、「わたしはその二十人のために滅ぼさないであろう」。
18:32 アブラハムは言った、「わが主よ、どうかお怒りにならぬよう。わたしはいま一度申します、もしそこに十人いたら」。主は言われた、「わたしはその十人のために滅ぼさないであろう」。
18:33 主はアブラハムと語り終り、去って行かれた。アブラハムは自分の所に帰った。

アブラハムが75才の時、主の声に聞き従い行き先を知らないで旅立ってから、時が経ちました。ある日、アブラハムの天幕を3人の旅人が訪れます。その目的は、約束の男子が誕生することを告げ、また、甥のロトが住むソドムとゴモラを神が滅ぼそうとしておられることを、あらかじめアブラハムに知らせるためでした。

1、アブラハムとロトの選択
 アブラハムとロトは、エジプトで多くの財産を得ました。家畜が多くなった彼らは、もはや一緒に住めません。2人の家畜を養う草場や井戸が不足したのです。彼らのしもべたちの間に争い事が起り、2人は互いに分かれることにしたのです。アブラハムは、先にロトに自分の地を選ばせました。ロトが目ざとく選んだのはヨルダンの低地で、みどりが滴り肥えた地が広がっていました。そこにソドムとゴモラがありました。豊かで繁栄した町ですが、非常に汚れた罪深い町で、その叫びが天に届いていました。アブラハムは目を高く上げ見渡し、信仰によって困難な高地を選び取りました。人は、どのような幻を持ち描くかで、その人の生き方人生まで決定します。

2、アブラハムのとりなし・・・憐れみに満ちた神に訴える
 主がアブラハムに、ソドム町の滅びを告げられると、アブラハムは大胆にも、神に祈り、訴え始めたのです。「あの町に正しいものが50人いるとしても、それでも滅ぼし、その50人の正しい者のために、町をお赦しにならないのですか」と、神の正義に訴え、主の憐れみのこころに訴えました。主は、その都度、丁寧に答えられ、アブラハムの繰り返すやりとりを、あえて応じられたのです。神は、わずかでも正しいものがいるなら、その者たちに免じ、すべての罪人をお赦しになる憐れみに満ちた神であることをお示しになりました。「とりなしの祈り」とは、身代わりの祈りです。このためには、
 ①世の外側に立つ聖い者
 ②神の前に立つ
 ③神のこころ
を自分のこころとすることが必要です。

3、祈り手を求められる主
 主は御前に立って、主の憐れみに訴え祈る者を求めておられます。

わたしのしようとする事を アブラハムに 隠してよいであろうか。 創世記18:17

プログラム 時間 音声
聖書 創世記18:16~33 1:55

説教:アブラハムのとりなし

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