H26.7.13主日礼拝

*聖書のお話し(バイブル・メッセージ)
「題」 「我は永遠の生命を信ず」
聖書の箇所 「ヨハネ 14:1~6」 (日本聖書協会:口語訳聖書より引用)

14:1 「あなたがたは、心を騒がせないがよい。神を信じ、またわたしを信じなさい。
14:2 わたしの父の家には、すまいがたくさんある。もしなかったならば、わたしはそう言っておいたであろう。あなたがたのために、場所を用意しに行くのだから。
14:3 そして、行って、場所の用意ができたならば、またきて、あなたがたをわたしのところに迎えよう。わたしのおる所にあなたがたもおらせるためである。
14:4 わたしがどこへ行くのか、その道はあなたがたにわかっている」。
14:5 トマスはイエスに言った、「主よ、どこへおいでになるのか、わたしたちにはわかりません。どうしてその道がわかるでしょう」。
14:6 イエスは彼に言われた、「わたしは道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない。

「伝道の書」は、空虚感に満ち、「空の空、一切は空である。」が、鍵句です。人の願いの全部をかなえ、栄華を極めたソロモンが、果てに得た結論が「空」でした。その空虚は、人間の「死」から来るのです。(3:19)しかし、虚しさに支配されるこの書に、希望が記されています。「神はまた、人の心に永遠を与えられた。」 死の向こう側にある、永遠への憧れ、思いです。私たちクリスチャンは、「永遠の命を信ず」と告白します。

1、死の不安と悲しみ
 十字架の前晩、最後の晩餐の席上、主ご自身も動揺の中にありました。(21)人間は、死ぬときは一人であり、残される者は悲嘆に暮れます。人生が終わり、一生が閉じられるときに実感する死の不安と悲しみ、主ご自身、心も激しく揺れ動き、弟子たちも別離の不安を感じる中で、イエスは、明確に力強く言われました。
「心を騒がすな。神を信じ、またわたしを信じなさい。」(14:1)

2、信じなさい
 キリスト教信仰をひとことで言うなら、「わたしを信じなさい」と言われるキリストを信じ、自分とその人生、永遠までも、主に委ねて、全身全霊をもって従っていくことです。主は、神を信じ、わたしを信頼するよう命じられました。その確信の土台が三つあります。
①イエスは、永遠の世界から来られた教師(2)
 イエスは一貫して、ご自身の教えがどこから来たのかを強調しています。永遠の世界のことはだれも見たことがなく、そこから来た者、すなわち、私、イエスだけが教えることができるのだと言われます。
②イエスは、永遠の命そのもの 「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。」(6)
 この方は、永遠のいのちそのものです。そして、「わたしにとどまりなさい」と言われます。イエスのいのちの中にとどまり続け、そのまま永遠のいのちの世界に移されるのです。
③イエスは、備えに行くと言われた 主は、「わたしは場所を備えに行く」(2)と言われました。私の罪が赦され、神の子どもとされ、父なる神の家に迎え入れられるように、天国にわたしの「居場所」を備えてくださったのです。 「我は 永遠の生命を 信ず!」

あなたがたは、心を騒がせないがよい。 神を信じ、またわたしを信じなさい。 ヨハネ14:1

プログラム 時間 音声
前奏 0:30

賛美:天地(あめつち)こぞりて

0:44

交読:21 詩篇62 1:35

主の祈り 0:51

使徒信条 1:08

賛美7: 主のみいつと 2:49

聖書 ヨハネ 14:1~6 1:19

賛美475: まもなくかなたの 2:51

説教:我は永遠の生命を信ず

10:00

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 6:44

 

賛美325: 歌いつつ歩まん 3:40

感謝の祈り 2:05

頌栄63: 父御子御霊の 1:35

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