H26.3.16 第2回特別伝道礼拝

*聖書のお話し(バイブル・メッセージ)
「題」 「なくてはならむものは一つだけ」
聖書の箇所  「ルカ 10:38~42」
 (日本聖書協会:口語訳聖書より引用)
10:38一同が旅を続けているうちに、イエスがある村へはいられた。するとマルタという名の女がイエスを家に迎え入れた。
10:39 この女にマリヤという妹がいたが、主の足もとにすわって、御言に聞き入っていた。
10:40 ところが、マルタは接待のことで忙がしくて心をとりみだし、イエスのところにきて言った、「主よ、妹がわたしだけに接待をさせているのを、なんともお思いになりませんか。わたしの手伝いをするように妹におっしゃってください」。 10:41 主は答えて言われた、「マルタよ、マルタよ、あなたは多くのことに心を配って思いわずらっている。
10:42 しかし、無くてならぬものは多くはない。いや、一つだけである。マリヤはその良い方を選んだのだ。そしてそれは、彼女から取り去ってはならないものである」。

イエス様一行がベタニヤ村のマルタ、マリヤ、ラザロの兄弟の家にお泊りになった時一つの事件が起こりました。この混乱はイエス様とマルタの間が本当に遠慮のない関係であったということですが、やはり残念な出来事です。なぜ、マルタはこんなに興奮し感情的な行動に出たのでしょうか。そして、この混乱と問題の解決はどこにあるのでしょう。主は、マルタに向かって言われました。 「マルタよ、マルタよ、あなたは多くのことに心を配って思いわずらっている。しかし、無くてならぬものは多くはない。いや、一つだけである。マリヤはその良い方を選んだのだ。そしてそれは、彼女から取り去ってはならないものである。」(41、42)

1、優先順位
ここで学ぶべきことは、ものごとの「優先順位」を大切にしないと、私たちの感情にも生活にも混乱が起こるということです。「思いわずらって」という言葉
は「分裂する」という意味です。「思い煩い」や「心配」とは、“心の分裂”です。あれを求めても満足せず、これをやってみても十分に思えない。あれも大事なのかと思い、これも必要だと思える。しかし、時と能力の限りを考えれば、どれもこれも十分にはやりきれない・・。そんな日々を繰り返すうちフラストレーションがたまりイライラしてきます。なぜ、そんなに心が千じに乱れてまとまらないのでしょうか。それは、 「無くてならぬもの」「一つだけ」がわかっていないからなのです。マルタがそうであったように。

2、無くてならぬもの
いきなり結論ですが、次の主のことばに注目しましょう。
「たとい人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、なんの得になろうか」(マタイ16:26)
このいのちは、一時的、地上的、肉体のいのちではなく、内的生命、永遠のいのちを指しています。実は、信仰とはこのいのちにかかわるものなのです。このいのちの確保こそ、 「無くてならないただ一つのもの」にほかなりません。そのために、主イエスはいのちを投げ出してくださったのです。

しかし、無くてならぬものは多くはない。
いや、一つだけである。マリヤはその良い方を選んだのだ。 ルカ10:42

プログラム 時間 音声
Ⅰ、賛美歌を歌おう    
 (1)♪主の教えを喜びとし 3:07

 (2)♪歌い続けよう主の愛を 3:00

 (3)♪鹿のように 2:56

 (4)私の信仰紹介 15:52

 (5)オカリナによる演奏&賛美    
   新聖歌209:慈しみ深き
2:55

   新聖歌233:驚くばかりの 1:38

 (6)主の祈り 0:55

Ⅱ、聖書のお話し  

 (1) なくてはならむものは
   一つだけ
10:07

 

 

 

10:06

10:06

9:21

 (2)賛美340:救い主イエスと 3:02

(3)感謝献金 0:49

 (4)賛美165:栄光イエスにあれ
 (5)祝福の祈り
1:40

 

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