H25.11.24主日礼拝

*聖書のお話し(バイブル・メッセージ)
「題」 「収穫は神の恵み」
聖書の箇所  「使徒14:8~18」 
(日本聖書協会:口語訳聖書より引用)
14:8 ところが、ルステラに足のきかない人が、すわっていた。彼は生れながらの足なえで、歩いた経験が全くなかった。
14:9 この人がパウロの語るのを聞いていたが、パウロは彼をじっと見て、いやされるほどの信仰が彼にあるのを認め、
14:10 大声で「自分の足で、まっすぐに立ちなさい」と言った。すると彼は踊り上がって歩き出した。
14:11 群衆はパウロのしたことを見て、声を張りあげ、ルカオニヤの地方語で、「神々が人間の姿をとって、わたしたちのところにお下りになったのだ」と叫んだ。 14:12 彼らはバルナバをゼウスと呼び、パウロはおもに語る人なので、彼をヘルメスと呼んだ。
14:13 そして、郊外にあるゼウス神殿の祭司が、群衆と共に、ふたりに犠牲をささげようと思って、雄牛数頭と花輪とを門前に持ってきた。
14:14 ふたりの使徒バルナバとパウロとは、これを聞いて自分の上着を引き裂き、群衆の中に飛び込んで行き、叫んで
14:15 言った、「皆さん、なぜこんな事をするのか。わたしたちとても、あなたがたと同じような人間である。そして、あなたがたがこのような愚にもつかぬものを捨てて、天と地と海と、その中のすべてのものをお造りになった生ける神に立ち帰るようにと、福音を説いているものである。
14:16 神は過ぎ去った時代には、すべての国々の人が、それぞれの道を行くままにしておかれたが、
14:17 それでも、ご自分のことをあかししないでおられたわけではない。すなわち、あなたがたのために天から雨を降らせ、実りの季節を与え、食物と喜びとで、あなたがたの心を満たすなど、いろいろのめぐみをお与えになっているのである」。
14:18 こう言って、ふたりは、やっとのことで、群衆が自分たちに犠牲をささげるのを、思い止まらせた。

 使徒14章のパウロの説教とその背景の出来事を通し、神への感謝の在り方を学びます。

Ⅰ、間違った神礼拝から、まことの神を示す
 パウロのルステラ伝道で、生まれつき足の悪い男が癒されました。町の人たちは非常に驚き、パウロとバルナバを祭り上げて神々として礼拝しようとしました。パウロとバルナバは、人々の愚かな人間礼拝を止めさせ、また、自分たちが神のように高められるという大きな罪を恐れて、必死で止めようとしました。自分たちも同じ人間であり、天地の創造者、生ける神に立ち帰るよう福音を説いている者であると言いました。(15)さらに、真の神は 「天から雨を降らせ、実りの季節を与え、食物と喜びとで、あなたがたの心を満たすなど、いろいろのめぐみをお与えになっている」(17) と語り聞かせて、人々を真の創造者、生ける神へと導きました。

Ⅱ、神の恩寵 神の恩寵は2つありします。
1、「神の一般恩寵」(自然界、歴史)
 世界の創造者である神がおられ、その恵みによって被造物が生かされていることがわかります。しかし、いぜんとして神の御姿や御心は漠然としています。そのため人間は自分勝手に神々を造り、自分勝手な神を礼拝するようになりました。その特徴は人間中心で、人間にご利益をもたらせ、人間に奉仕する神々です。人間の延長に神々が存在し、神々と人間の聞か混沌としています。
2、「神の特殊恩寵」(聖書)
 これにより天地万物・人間の創造者、唯一の生ける神、愛と義と聖の神という属性(性質)、神のお考えがはっきり示されました。 (イエス・キリスト) さらに神は御子イエスを遣わし、御子によって神の愛、罪の赦し、永遠のいのちを与え、神と交わり御心に生きる喜びの人生を与えて下さいました。
3、「過ぎ去った時代」
 「過ぎ去った時代」とはキリストが来られる前の時代・世界です。個人的にはキリス トを知る以前の私たちの人生です。今は、以前とは全く違う、目々神の愛といのちに生きる新しい歩みに生きる者へと変えられたのです。

食物と喜びとで、あなたがたの心を満たすなど、いろいろのめぐみをお与えになっているのである  使徒14:17
プログラム 時間 音声
聖書 使徒14:8~18 2:10

説教:収穫は神の恵み

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