H25.6.9主日礼拝

*聖書のお話し(バイブル・メッセージ)
「題」 「キリストの香りとして」
聖書の箇所  「2コリント 2:12~17」 
(日本聖書協会:口語訳聖書より引用)
2:12 さて、キリストの福音のためにトロアスに行ったとき、わたしのために主の門が開かれたにもかかわらず、
2:13 兄弟テトスに会えなかったので、わたしは気が気でなく、人々に別れて、マケドニヤに出かけて行った。
2:14  しかるに、神は感謝すべきかな。神はいつもわたしたちをキリストの凱旋に伴い行き、わたしたちをとおしてキリストを知る知識のかおりを、至る所に放って下さるのである。
2:15 わたしたちは、救われる者にとっても滅びる者にとっても、神に対するキリストのかおりである。
2:16 後者にとっては、死から死に至らせるかおりであり、前者にとっては、いのちからいのちに至らせるかおりである。いったい、このような任務に、だれが耐え得ようか。
2:17 しかし、わたしたちは、多くの人のように神の言を売物にせず、真心をこめて、神につかわされた者として神のみまえで、キリストにあって語るのである。

 パウロは、アジアの港町で商業都市であるトロアスに滞在していましたが、コリント教会に起こった重大な問題の対処のためにテトスを遣わしその報告を待っていました。気が気でなくなったパウロは、トロアスを離れてマケドニヤに渡って行き、そこでテトスと会うことが出来たのです。テトスの報告を聞いたパウロは、コリント教会の問題が解決されたことを知って、「神は感謝すべきかな!」(14)と喜びに溢れました。そして、「神は、私たちをキリストの凱旋に伴い行き」、「私たちをとおしてキリストを知る知識のかおりを、至るところに放って下さる」と言いました。

1、神は、いつも私たちを、「キリストの凱旋」(キリストによる勝利の行列)に導いてくださる(14)
 ここに描かれているのは、「ローマの凱旋式」の光景です。私たちの偉大な凱旋将軍であるイエス・キリストは、外国の地(この世)に遠征し、敵(サタン)に勝利し完全に打ち破られました。そして、クリスチャンはキリストの凱旋の勝利と栄誉に与り、その後に従って行進しているのだと言っています。パウロは、神が自分を導いておられることを確信しました。そして、自分が神を愛し、神のみこころに従おうとしている限り、神はすべてのことを働かせて益としてくださるという事実をいつも確信することができたのです。(ローマ8:28)私たちは勝利のために戦うのでなく、すでにキリストの勝利に与り、勝利を起点にして戦っているのです。問題や課題は未だあちこちにあり、依然として厳しい戦いが続いていても、主は敗北と思われる状況を変えて、必ず勝利を与えてくださるのです。

2、キリストのかおりを放つ者としてくださる (14~17) 
 凱旋行列に加わっているローマの祭司たちが、凱旋軍の栄誉を称えてたく香のかおりが周囲に広がりました。その香りはそれをかぐ人によって全く違った影響を及ぼしました。凱旋軍の兵士にとって、その香りは命と勝利を意味しました。しかし、征服された敵の捕虜にとっては敗北と死を意味したのです。パウロは、このかおりの比喩を用い、キリストの宣教の働きを描いています。
クリスチャンは生活や働きの場でキリストのかぐわしい香りを放つかおりです。そして、その証と伝道の言葉に心を開く人々に対して、私たちはいのちに至らせるかおりです。しかし、心を閉ざす不信者に対しては、死に至らせるかおりとなるのです。言い換えれば、クリスチャンの生活と証伝道の務めとは、それを受け止める人々にとって生と死の問題に関わってくるのです。 ですから「このような務めにふさわしい者は、いったいだれでしょう」(16)と、パウロがいったのはもっともなことでした。ただ、わたしたちは神のことばを混ぜ物にせず、真心をこめて、明らかな良心をもって、神のみまえで、キリストにあって語るのです。(27)

「アバ、父よ」と呼ぶ御子の霊を送って下さったのである。  ガラテヤ 4:6
プログラム 時間 音声
前奏 0:21

賛美:天地(あめつち)こぞりて 0:45

交読21: 詩篇62篇 1:41

主の祈り 0:55

賛美4: 子羊をば 3:08

聖書 2コリント 2:12~17 1:31

賛美426: 世には良き友も 3:45

説教:キリストの香りとして

10:01

10:11

10:12

10:02

10:01

 7:07

賛美438: 悩む世人のため 2:40

頌栄63: 父御子御霊の 1:29

 

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