H24.12.02 主日礼拝

*聖書のお話し(バイブル・メッセージ)
「題」      「主の道を備えよ
聖書の箇所  「ルカ3章:1節-6節
 (日本聖書協会:口語訳聖書より引用)
3:1 皇帝テベリオ在位の第十五年、ポンテオ・ピラトがユダヤの総督、ヘロデがガリラヤの領主、その兄弟ピリポがイツリヤ・テラコニテ地方の領主、ルサニヤがアビレネの領主、

3:2 アンナスとカヤパとが大祭司であったとき、神の言が荒野でザカリヤの子ヨハネに臨んだ。
3:3 彼はヨルダンのほとりの全地方に行って、罪のゆるしを得させる悔改めのバプテスマを宣べ伝えた。
3:4 それは、預言者イザヤの言葉の書に書いてあるとおりである。すなわち
「荒野で呼ばわる者の声がする、『主の道を備えよ、その道筋をまっすぐにせよ』。
3:5 すべての谷は埋められ、すべての山と丘とは、平らにされ、曲ったところはまっすぐに、わるい道はならされ、
3:6 人はみな神の救を見るであろう」。

 バプテスマのヨハネは、ローマ皇帝テペリオの治世に預言者として世に現れました。政治や宗教、そこでうごめく人々や民衆とは離れ、荒野でひたすら神の言葉を聞く生活をしていたヨハネに神の言葉が臨みました。ヨハネは人々の前に現れ、神の怒りが追っていると叫び、悔い改めてバプテスマを受け、悔い改めにふさわしい生活をするよう命じました。キリストを主として心と生活の中にお迎えし、キリストに従って「主の道」を歩く新しい生き方を備えることこそ救いなのです。

 ヨハネはメシヤの先駆者として主の道を備えました。そして、一人一人が主を迎える心備えをするよう導きました。神の時がいつ来るか、神の働きがどめように進められるかは私たちにはわかりません。私たちがなすべきことは、主がいつどのように働
かれても、主の道を備えておくことです。でこぼこ道である「谷」(差別され虐げられて希望を失ってがっかりしている人たち)がうずめられ、「山」(おごり高ぶり勢力争いをしている有力者たち)が低くされ、「曲がったところ」(真理を見失ってどちらに進んでいるのかわからない人間の状態)がまっすぐにされるよう命じました。

 引用されているイザヤ書40章は、バビロン捕囚からの解放を預言する言葉ですらヨハネは間もなく来られるメシヤは、全世界の救い主であり、すべての人に自由と解放を与えるために来れらお方で、その救い主を迎える心ぞなえをせよと呼びかけているのです。 12月に入りアドペントの第1週を迎えました。クリスマスの備えの時です。目に見える準備と共に、目に見えないところの備えをしましょう。来て下さったキリストを私の救い主、王、人生の主としてお迎えできるようふさわしい整えををしましょう。バプテスマのヨハネの声を聞きましょう。主の時が近づいています。真剣な悔い改めと、悔い改めにふさわしい実を結ぶ生活を主の前に整えることです。
 主の道を備えよ、その道筋をまっすぐにせよ。(ルカ3章4節)

 

主の道を備えよ、その道筋を まっすぐにせよ。 ルカ3:4
プログラム 時間 音声
前奏 0:30

賛美:天地(あめつち)こぞりて 0:48

交読44:詩篇139 2:30

主の祈り 0:54

使徒信条 1:09

賛美68:久しく待ちにし 3:13

聖書:ルカ3:1-6

0:57

賛美70:朝日は昇りて 2:41

説教:主の道を備えよ

10:01

10:15

10:06

 9:59

10:00

10:00

 7:46

聖餐式:しみも咎も 3:13

賛美44:あなたの罪過ちは 3:27

感謝の祈り(谷口姉) 2:00

頌栄:父御子御霊の 1:29

 

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