H24.9.9 主日礼拝

*聖書のお話し(バイブル・メッセージ)
「題」      「祝福されるささげもの」
聖書の箇所 「マタイ14:13~21
 (日本聖書協会:口語訳聖書より引用)
14:13 イエスはこのことを聞くと、舟に乗ってそこを去り、自分ひとりで寂しい所へ行かれた。しかし、群衆はそれと聞いて、町々から徒歩であとを追ってきた。
14:14 イエスは舟から上がって、大ぜいの群衆をごらんになり、彼らを深くあわれんで、そのうちの病人たちをおいやしになった。
14:15 夕方になったので、弟子たちがイエスのもとにきて言った、「ここは寂しい所でもあり、もう時もおそくなりました。群衆を解散させ、めいめいで食物を買いに、村々へ行かせてください。」
14:16 するとイエスは言われた、「彼らが出かけて行くには及ばない。あなたがたの手で食物をやりなさい。」
14:17 弟子たちは言った、「わたしたちはここに、パン五つと魚二ひきしか持っていません。」
14:18 イエスは言われた、「それをここに持ってきなさい。」
14:19 そして群衆に命じて、草の上にすわらせ、五つのパンと二ひきの魚とを手に取り、天を仰いでそれを祝福し、パンをさいて弟子たちに渡された。弟子たちはそれを群衆に与えた。
14:20 みんなの者は食べて満腹した。パンくずの残りを集めると、十二のかごにいっぱいになった。
14:21 食べた者は、女と子供とを除いて、おおよそ五千人であった。

 パンの奇跡は4福音書が取り上げる唯一の記事です。
3つの鍵句に注目しましょう。

1、「あなたがたの手で」
 イエスのもとに集まった群衆は、熱心におことばを聞くうち、持参の食料は尽き空腹の5000人の人々がいました。この群衆を見て主はかわいそうに思われ、弟子たちに「あなたがたの手で」と言われました。弟子たちはあまりに多い群衆の世話は自分たちの手に負えないと判断し、群衆を解散させてめいめいで食物を求めることを提案します。しかし、これは主が弟子に与えられた訓練で、ご自分がなさることをすでにご承知でした。彼らの手元には大麦のパン5つと干魚2匹だけでした。思わず「それが何になりましょう」と嘆息しました。自分たちは全く手も足も出ません。無数の飢えた群衆を前に、弟子たちは何と小さく、何と無力であるかを思い知らされました。

2、それをここに持ってきなさい」
 途方に暮れる弟子たちに向かって、主は「それをここに持ってきなさい」と言われました。小さな者を、こんなもの何になるかと見捨てるのでなく、いきなり人に与えるのでもなく、まず、それを主のもとに持っていくことを命じられました。主の手にささげることは<献身>を意味します。主は小さなささげものを受け取られ、御手に握り、祝福されました。 

、「弟子たちはそれを群衆に与えた」 
 主は、パンを再び弟子たちの手に委ね、群衆に配れと命じられました。弟子たちは群衆に配りました。その時、奇蹟が起こったのです。いつ、どの段階で、どのようにして起こったのか一切記されていません。人々はみな食べて満腹し、満足し、残りのパンくずを集めると、12かごに一杯になりました。
私たちの小ささ、無力に、主の祝福と全能が臨む時、私たちは何でも出来るのです。 

 全ての良い働きの始まりは、イエスの心に動かされた小さく弱い者が、主にささげられることから起こっています。*ナイチンゲールの赤十字運動、マザーテレサの働き等々。 
「わたしを強くして下さる方によって、何事でもすることができる」(ピリピ4:13)

パンくずの残りを集めると、十二かごにいっぱいになった。 マタイ14:20
プログラム 時間 音声
前奏 0:32

賛美:天地(あめつち)こぞりて 0:45

交読34:詩篇108 1:13

主の祈り 0:54

賛美40:ガリラヤの風かおる丘で 2:22

聖書:マタイ14:13-21 1:31

賛美338:いとも良きものを 3:15

説教:祝福されるささげもの

10:10

10:05

10:03

10:07

10:11

10:25

 5:16

賛美386:ナルドの香油 3:06

感謝の祈り(熊野姉) 1:39

頌栄:父御子御霊の 1:39

 

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