H24.4.8 主日礼拝 (イースター)

*聖書のお話し(バイブル・メッセージ)
(・聖書をもっておられる方は、今日の聖書の箇所を開いて 読んでください。)
「題」        「復活の喜び
「聖書の箇所」  マタイ 28:1~10

 「さて、安息日が終わって、<週の初めの日>の明け方に」(1)
「週の初めの日」と言う言葉が教会で大切に用いられる出来事が、この朝起こりました。そのキリスト復活の出来事を、マクイが書き記しました。彼がキリストの復活について、何を記し、何を語っているか注意してみたいと思います。

I、キリストの復活は、歴史の中で起こった出来事
 マタイは、このことを大切にして記しています。歴史の中で起こった事件は、証拠と目撃者の証言によって認められます。マタイは、キリストの復活は歴史の中で起こった事件であると書き記します。
①預言、予告「かねて言われていた通り」(6)
 復活は、主が繰り返し予告し、旧約聖書に預言されていることです。
②空の墓(6)
 御使いが指示したその墓は、確かに空っぼでした。
③目撃証言(9)
 マタイは、復活の最初の目撃証人が女たちであり、その体験は確かめられた真実な体験であると言っています。
*パウロの復活と多くの目撃者の証言(1コリント15:3-8)

Ⅱ、キリストの復活の事実は、何をもたらせまつるか
① 復活信仰「もう、ここにはおられない」(6)
 主は、葬られたままでない、今も 生きておられるとい引言仰、復活信仰をもたらせます。
② 墓(死)からの解放「大喜びで、急いで墓から立ち去り‥。」(8)
 墓と死から大喜びで立ち去る生き方が導かれます。
③ 永遠の希望をもたらせる(2)
 墓を塞いでいた大きな石が転がされ、その上 に光り輝く天使がすわりました。墓と死を支配しているのは、墓を破り、死からよみがえられた神、キリストです。主は十字架によって罪を滅ぼし、復活によって死を滅ぼされました。キリストのよみがえりこそ、私たちの希望です。もはや、私たちの人生は死をもって終わるものではなくなりました。

礼拝式: 「もうここにはおられない。かねて言われた通りに、よみがえられたのである。」 マタイ28:6
プログラム 時間 音声
前奏 0:30

賛美:天地こぞりて 0:55

交読:詩篇37 1:30

主の祈り 0:54

賛美:救いの主は 2:17

聖書:マタイ 28:1-10 2:59

説教:復活による喜び 8:25
7:30

賛美:墓の中に 2:37

頌栄:父御子御霊の 1:32

聖書 「マタイ:28章1節~10節」 (日本聖書協会:口語訳聖書より引用)
 さ て、安息日が終って、週の初めの日の明け方に、マグダラのマリヤとほかのマリヤとが、墓を見にきた。すると、大きな地震が起った。それは主の使が天から 下って、そこにきて石をわきへころがし、その上にすわったからである。 その姿はいなずまのように輝き、その衣は雪のように真白であった。 見張りをしていた人たちは、恐ろしさの余り震えあがって、死人のようになった。 この御使は女たちにむかって言った、「恐れることはない。あなたがたが十字架におかかりになったイエスを捜していることは、わたしにわかっているが、 もうここにはおられない。かねて言われたとおりに、よみがえられたのである。さあ、イエスが納められていた場所をごらんなさい。 そして、急いで行って、弟子たちにこう伝えなさい、『イエスは死人の中からよみがえられた。見よ、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。そこでお会いで きるであろう』。あなたがたに、これだけ言っておく」。 そこで女たちは恐れながらも大喜びで、急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走って行った。 すると、イエスは彼らに出会って、「平安あれ」と言われたので、彼らは近寄りイエスのみ足をいだいて拝した。 そのとき、イエスは彼らに言われた、「恐れることはない。行って兄弟たちに、ガリラヤに行け、そこでわたしに会えるであろう、と告げなさい」。


 

 

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