H24.3.4 主日礼拝

*聖書のお話し(バイブル・メッセージ)
(・聖書をもっておられる方は、今日の聖書の箇所を開いて 読んでください。)
「題」        「赦しの祈り
「聖書の箇所」  ルカ23:32~34、コロサイ3:13

 十字架上のイエス様の口から出た最初のことばは、自分を十字架につけた者たちに対する赦しを請う祈りでした。
「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです。」(34)
1、十字架上の赦しの祈り・・・神の愛
 何の罪もないのに、一方的な妬みと憎しみに駆られ、自分と群衆を偽り扇動し、正気を失ったように、なりふりかまわず御子イエスの殺害を断行しようとする者たちに対して、恨みや呪いでなく、正しい裁きを求めることでもなく、心から愛と憐れみの叫びとして十字架の上から「赦せ!」と祈られるイエス様の祈りは、最早、人間の愛を超え、神の愛が赦しとなりほとばしり出ているのです。
 神の愛は、十字架につけられながら、赦せない相手、赦し難い人間を完全に赦し、さらに、「赦してやってください」とのとりなしの祈りとなって現れました。

2、赦せない人間・・・赦せない罪に気づく
 このイエス様の十字架の祈りを聞いて、私たちは驚きを隠すことができません。果たして、私たちは、何の落ち度もないのに自分を妬み、憎しみに駆られ、偽り騙して死に追いやろうとする者(敵)を、赦すことができるでしょうか。いえ、それほどでなくても、私しに対して不都合なことをした人を赦すことが出来るでしょうか。赦すべきであると思っても、なかなか赦せないという心の戦いがあります。私たちの「赦せない」という心の中には、頑で自己の義を貫くという罪が含まれていることがあります。
赦しという問題は、表面的なことでなく、内面の深刻な葛藤を、ありのまま神の前に持ち出すことが必要です。

3、赦せない者が赦すものとされる
 人から辛い目に遭わされたとことは大変苦しいことですが、そのため、自分の中に憎しみと怒りを抱き続けるということはもっと苦しく悲惨で、さらに深いダメージを与えます。
神の解決が必要です。

 ①赦すこと選択する。(感情は別)
 ②」神の御言葉を豊かに宿らせる。
 ③祈り委ねる。

 私のために十字架上で赦しを祈られたイエス様の愛と犠牲を受け入れましょう。私もまた、イエス様の愛で人を赦し、愛することが出来ることを信じましょう。主が私を、赦しに生きる者として下さることを感謝しましょう。

礼拝式: 「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです。」 ルカ:23:34
プログラム 時間 音声
前奏 0:26

賛美:天地こぞりて 0:54

交読:詩篇27 2:07

主の祈り 0:49

賛美:輝く日を仰ぐとき 4:22

聖書:ルカ 23:32-34
   コロサイ 3:13
1:01

賛美:イエスは愛で満たす 2:24

説教:赦しの祈り 10:30

賛美:丘に立てる荒削りの 4:11

頌栄:父御子御霊の 1:30


 

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